フツーの主婦がサラリーマンの旦那を日本に置いて、マレーシアのジョホールバルに移住して起業してしまった話 その3(帰国後)

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前話: フツーの主婦がサラリーマンの旦那を日本に置いて、マレーシアのジョホールバルに移住して起業してしまった話(高校留学時代編)
次話: フツーの主婦が一大奮起してマレーシアのジョホールバルに移住して起業してしまった話4(1浪終了後)
自分としては必死に勉強しているのだが
やり方が悪いのかポイントがずれているのか
あるときから全然成績が伸びなくなってしまった。
友達と遊ぶこともやめ、人と一切会わず、
こんなにも努力しているのに、なぜ!?
もう先が見えなくなり、
何度も逃げ出したくなった。
当時の私にとっては、
精神的に辛くなり、
極度のストレスと疲労で、
夜中眠れなくなったり、
手が震えるといった症状が出るようになってしまった・・・。

もう限界!

と、あるときすべてを放り出し
一人で東北の友達の家に逃げ出した。
毎日塾へ行き、自習室やマクドナルドなどで
勉強をしていたが、
それを放り投げ、
数週間何もしないことに決めた!
毎日遊び歩いていた。
でも、
遊び歩いてスッキリしたのか、
冷静に考えることができた。
その時に改めて思ったのは、
このままやめてしまうと
すべてが中途半端。

高校受験も満足に勉強せず

中途半端な勉強しかしてなかったので、あっさり失敗。

大学受験も中途半端な勉強で
失敗となってしまうと、
「きっと一生逃げる人生になる」
と思って、
ココが踏ん張りどきだと
また新たな気持で勉強する気持ちになり東京に戻ったのである。
とにかく、今回は、
結果はどうであれ、
しっかりやれることはやろうと思ったのである。
この逃避旅行もいいきっかけになったので
親には迷惑かけたが、結果的には良い気分転換になった。
改めて目標に向かって頑張ろうと思う
きっかけを与えてくれたのだから。
そして、そこから改めて必死に勉強した。
しかし、1浪し、一大奮起したのに、
あえなく不合格(;_;)
さすがに不合格通知が
届いた時は、
悔しくて涙が止まらなかった。
でももう1浪しているので、
2浪という選択肢はなく、
滑り止めで受けていた
埼玉県のある大学に行くことにしたのだ。

▼希望じゃない大学へ入学・・・

第一希望の大学がダメだったので、
滑り止めで受けた大学に通うことになった。
(これって高校時代も同じ・・)
そこは一応、外国語学部の英文科だったので、
割りと国際色豊かだったのだが、
自分が行きたかった大学じゃないのと
自宅からめちゃくちゃ遠く、
モチベーションが全く上がらず。
英語の授業も1年以上
必死にTOEFLやSATの勉強をしてきた
私にとっては、
申し訳ないが物足りなかった。
すべてが物足りないが、
仕方ない。
ココを卒業するしかないんだ
腹をくくろうと思っていたあるとき、

一本の携帯電話がなった。

一緒に浪人生活を送っていた友達からだった。
この友達の電話一本が
のちの私の人生を大きく変えることになるとは、
まだこの時は思いもしなかった。
続く。
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花岡 めうみ


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