~リストラの舞台裏~ 「私はこれで、部下を辞めさせました」 1

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2008年秋。当時わたしは、部門のマネージャーという重責を担っていた。

部門に在籍しているのは、正社員・契約社員を含めて約200名。全社員で1500名以上の従業員を抱える企業だった。


30歳半ばであったわたしは、部下を40数名持つ管理職。
とはいっても、法律上の管理職ではなく、いわゆる名ばかり管理職であった。
出社義務があり、裁量といえば、自分の取りまとめるグループ内での自由だけ。
どこにでもいる、典型的なサラリーマンである。

2008年秋といえば、遠い国のビジネス街で発生した、後に100年に一度と形容される金融危機に飲み込まれ始めた時期。不穏な足音は、海を越えた小さな島国にまで、着実に聞こえていた。


とはいえ当時は、異国でおきた災害のように、自分とは無関係の経済ニュースとしか捉えていなかったのが本音である。いつもと変わらない、平穏といえば平穏な、退屈といってしまえばそれまでの日々を送っていた。

本来であれば激務となる職種に就きながら、どこかのんびりしていたのは、
やはり未曾有の不景気が影響していたのだろう。
それなのに、秋の訪れと共に毎年襲われる、
浮かれた季節が終わってしまうことへの焦燥感でセンチメンタルな気分に浸っていた。

呑気なものである。

ある日の夕方。直属の上司から会議室に呼ばれた。

わたしの他に、同年代の名ばかり管理職が全国に10数名いて、全員が一同に会した。

話し好きの上司がわたしたちを集めるのは珍しいことではなく、いつものような雑談とちょっとした業務連絡があるものだと高をくくっていた。
読んでよかった
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辞めさせられても自立できる人を増やす事に専念します。人手不足になっても日本人を雇わなければ良いのですから。

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