第5話 (後編)アフリカへ行く彼から学んだこと【少し不思議な力を持った双子の姉妹が、600ドルとアメリカまでの片道切符だけを持って、"人生をかけた実験の旅"に出たおはなし】

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第5話 (後編)アフリカへ行く彼から学んだこと【少し不思議な力を持った双子の姉妹が、600ドルとアメリカまでの片道切符だけを持って、"人生をかけた実験の旅"に出たおはなし】
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あの時人生で初めて感じた、あの衝動といっていいのか、衝撃なのか、とにかくあの変な感覚は本物だったと思う。



彼らと出会った2010年の夏から、私の人生が大きく変化し始めた。

(少し変わった出会いのきっかけはこちら。)



その年の夏は、忘れられない夏になった。


”夏”はものすごく短かった。

みんなとのあの出会いが7月の後半だったので、もう一日たりとも無駄にしまいと毎日を楽しみ尽くした。



次の約束は三日後の恵比寿の夏祭り。

お祭りの熱気と冷えた缶ビール、涼しい夏の夜風がとっても心地よかった。



お祭りが終わっても居酒屋で朝まで色んな話をした。その後六畳しかない私のアパートでみんなで雑魚寝。



その次は九州へキャンプ。



みんなでコテージに泊まって、川で泳いだり、夜はみんなでカレーを作る。

ぶさいくに切った野菜がとってもおいしかった。



夜は満点の星空から落ちる流星群の下で、寝袋にくるまって眠った。こんなの忘れられない。



毎日が新鮮で、非日常で、夢みたいに最高だった。

私たちはあと少ししかない夏を、やっと会えたことを埋めるように超特急の駆け足で過ごした。



そして最高に楽しかった短い夏も、あっと言う間に終わってしまう。



またいつも通り、淡々と日常がやってきた。



夏が終わると



夏が終わると、由紀夫はプロのダンサーとして新潟へ行く事になり、



けんちゃんは、アフリカの短期ボランティアへ、



私はいつも通り、服の専門学校へ通う"普通"の日々に戻って行った。




でも、いつもの日常だけど見えてる世界はすこし"日常"ではなくなっていた。

相変わらず学校は忙しいし、まだまだゴールも見えない。



だけど何かが変わったように思えた。狭かった視界がほんの少し明るく広がった感じがした。


まだ、よくは分からないけど。



最高の日常がやってくる合図



秋になると、アフリカからけんちゃんが帰国する時期になった。



けんちゃんからは出発する前に空港に迎えに来て欲しいと言われていたけど、その約束がまたヒドかった!



※アフリカ出発前日


けんちゃん
じゃあまほ!一ヶ月後の○月○日に、そうやなー、大体、○時くらいかな?
アフリカから戻ってくるから、空港おっとってやー!


けんちゃん
ほな!!


それだけ残してけんちゃんは旅立ってしまった。

どこの空港かも、何の航空会社かも、詳しい時間も知らせずに.....おいおい。


多分成田だろうということで、とりあえず空港に向かった。

向かったものの、成田空港はとても広い。国際線は外国人のスタッフばかりだった。



英語だから聞けないしなぁ、それより一ヶ月も前の口約束をちゃんと覚えてるんだろうか....うーん。



周囲が飛行機から降りる大事な人との出会いを喜んでいる中、途方に暮れてトボトボ歩いてると、何やら黒い物体が目にとびこんできた。

背が高く、黒々と丸焦げた肌、民族のタイコをかかえた姿は妙にいさましい。

そうそれはお察しの通り現地人と化したけんちゃんだった。


もはや彼は日本人の風貌ではなかった!




けんちゃん(真っ黒)
お!まほ!!!ただいま!!!




いつもの最高の笑顔と、やたらと目立つ白い歯を輝かせ、彼はニカッと笑った。



よかった!!笑顔はいつものけんちゃんだ。歯白すぎだけど!



けんちゃんの笑顔が、一気にあの夏に戻してくれた。

急に日常ではないところに連れて行かれてしまった。


また胸の奥がワクワク震えていた。

あの不思議な最高の日常がやってくる合図だった。



maho
けんちゃん!!!おかえり!!!



そして真っ黒なけんちゃんに、大きな大きなハグをした。



パンチの効いた経験



たまたまバイト先が私のアパートの近くということもあって、帰国してからは二人で過ごす時間が多くなった。



それからあまり時間がたたないうちに私たちは付き合うことになった。



しかしそのけんちゃんとの"付き合う"というのが、相当パンチの効いた経験となる。

そう、彼は想像以上にかなーーり変わっていたのだ!

だけど私にかけがえない沢山の大事な事を教えてくれた。



けんちゃんが教えてくれたこと



けんちゃんは実家暮らしだったのもあり、恵比寿の一人暮らしの私のアパートに転がりこんできた。

そして彼の価値観は、私と、いや世間とイイ意味でかなりズレていた



まずあまり"自分のもの"という概念がなかった。

だから何でも人とシェアして分け合ってしまう。


一番驚いたのは、けんちゃんが短期のバイトで1週間ほどみっちり働いた時だ。

けんちゃんはその時とてもお金がなくて、普通なら電車で行くような距離を、電車代を浮かせるべく私のミニチャリで通勤していたほどだった。


お給料日になると、手渡しだったらしく10万前後入った茶色い封筒を嬉しそうに見せてくれた。


けんちゃん
まほ!みてや!結構もらったで~。なかなかしんどかったわー。


けんちゃんはごそごそと封筒の中身を確認すると


けんちゃん
ほな、半分こ!


と、目の前でお札を綺麗に半分に分けて私に渡した。



????


私はよく状況がわからなくて、目が点になっていた。


え?!なんで!?けんちゃんが働いたやつやし、もらえんよ!
けんちゃん
????


けんちゃんもきょとんとした顔をしている。


もらっときもらっときー!部屋もシェアしてるんやんか。これもシェアしようや!まほもお金ないんやし、おんなじやんか。


といってにかっと笑った。



他にも、携帯電話に知らない同じ番号からやたら着信があるときがあった。

気になって聞いてみると


けんちゃん
あー!この人な、タイであったおっさんなんよ。


けんちゃん
このおっさん怪しくてな〜、もうジイさんなんやけどな。
タイで泊まろうとしてた安宿で、オーナーとモメとったんよ。おっさん長期滞在してたみたいなんやけどお金払えんくなって追い出されそうになっとったんよ〜。あははあほやろ〜!



けんちゃんはその怪しいおっさんが宿から追い出されるのを見かねて、

結局宿代を全部肩代わりしてあげたのだだった。

そして当の本人は安宿に泊まるお金もなくなってしまい、野宿して過ごすことになったらしい。



けんちゃん
宿なくてさ、キャンプ道具も持ってなかったけん寝れる場所ひたすら探すんよ。公園とかマックとか。夜のタイの街を歩き回ってさ。
けんちゃん
ほんとな、人間眠りたいときに安全な寝床がないって、これほど辛いことはないで〜。
これは体験せな分からん。


と言いつつも、いつも笑っていた。

結局その怪しいおっさんは実は倒産してしまった大きな会社の社長さんで、

そのあと日本に帰ってきてきちんとお礼がしたいと言う電話だった。なんてミラクル!!



けんちゃん
まほ、お金もごはんも物もな、シェアして分け合ったら本当は貧乏な人とかお腹が空いた人とかおらんくなるはずなんやで。人は分け合って生きていけばいいんや。


と言ったあと、ヘラヘラ笑う。だけどけんちゃんの真っ直ぐな言葉は説得力があった。

そしてケチな私は、そんなけんちゃんの素晴らしいシェア精神にドカリとのっかり、いつももらってばかりであった。


今を楽しむこと


その時私は専門学校生で、毎日授業のこと、課題のこと就職のことで頭がいっぱいだった。

いつしか私の口癖は、


maho
忙しい!忙しい!


と、しがないサラリーマンのようになってしまっていた。

そんな私に、けんちゃんはよくお弁当を作って学校の近くまで届けてくれた。


そんなある日、お弁当を持って前からやって来るけんちゃんの様子がなんだかおかしい。お弁当が大きすぎるのだ。

よくよく見てみると、持っていたのはお弁当ではなく炊飯ジャーだった。

しかも左手にはちゃっかり茶碗も持参。


けんちゃん
お~!まほ!ごめんな~!今日寝坊してしまったわ~!白ご飯だけやけど堪忍な〜。


と言ってまたにかっと笑う。いやいやけんちゃん!白ご飯どころかそれ炊飯ジャーだから!

まあそんなのけんちゃんには通用しない。



公園で炊飯ジャーから茶碗に白飯をよそう風景はいままでで体験したことのないシュールさだった。


だけどその瞬間は、次の授業のこと、明日の課題のこと、山積みのしなければならないこと、そんなの全部どうでも良くなってしまった。



また、けんちゃんはお金も時間も"ないない病"の私にぴったりの「一杯だけゲーム」というのもあみだした。

それはその名の通り「一杯だけ」という約束で、おもしろそうなカフェや居酒屋、バーに入るというもの。

学校の帰りや、やっと課題の終わった深夜に決行された。



どんなに忙しくても、時間やお金がなくても、その一瞬は最高に楽しかった。

そんな貴重な一杯を無駄にしたくないと、普段からおもしろそうなお店をさがすクセもついてしまった。




本当にお金のないときは、二人のお財布をひっくり返して、そのお金でどれだけ贅沢できるか!を考え出した。

おいしい生ハムを探し回り、家にあった飲みかけの安いワインと、大好きな音楽をかける。窓から入る風と夕日が最高に贅沢だった。



けんちゃん
この「瞬間」に、忙しいなんて本当はないんやで。
本当はいつでも今を楽しめるんや。



お金がなくても時間がなくても、けんちゃんは本当の豊かさを知っていたんだと思う

それはちゃんと今を楽しむこと。それを体当たりで全力でユーモアたっぷりに教えてくれた。


2011年3月11日。



そしてついに、あの日がやってくる。それは2011年東北大震災。


その日は、新宿の電気屋さんでの派遣のアルバイトの初日だった。



私は一階のテレビコーナーにいた。


その時ちょうどお客さんと話しをしていて、そして急にフロアがガタガタと揺れた。


お客さん
あら?地震かしら??.....
maho
ほんとだ....あ、.....おさまりましたね?



そしてまたテレビの説明に戻ろうと向き直した時



ガタガタガタガタガタ.......ッ



すごい縦揺れがした。



きゃーーーーーーっ‼︎


店員さん
危ないので動かないでください!!



お客さんの悲鳴と店員さんの慌てる声。



そして何より凄かったのが、店員さんがすごい速さで大型高級テレビを押さえに走ったことだ。



プロである。



揺れはだいぶ長く続き、入り口のドアがオープンな作りのそのフロアからは外の様子も見えた。



悲鳴や叫び声。逃げて走る人、しゃがみ込む人。ビルがぐにゃぐにゃと揺れている。



少しして揺れがおさまりフロアも一旦落ち着いた。



お客さん
私ね、この近くでネイルサロンを 経営してて、そこが10階なのよ。スタッフの子もいるし心配だから、とにかく見てくるわ。
お客さん
お姉さん、説明してくれたのに申し訳ないわ。ごめんなさいね!
maho
はっはい!お気をつけて!


お客さんは丁寧にお辞儀をして、ヒールをカツカツいわせ走って行ってしまった。



店内も、一階は無事だったようだけど、上の階のフロアが破損があったようで、お店を閉めるかどうかの話し合いがされているようだった。



「震度はどれくらいなんだろう?」

「結構揺れたぞ」

「震源どこなの?」



テレビのフロアだけあって、並べられている全画面が地震のニュースだった。仕事そっちのけでみんな釘つけになっている。



震源は東北。震度はコロコロ変わっていく。普通ではない。



すると、テレビの画面が急に変わった。テレビ一面をどす黒いグレーの渦が全てを染めたのだ。



「なんだこれ...!?」



最初見た時は私もこれが何か分からなかった。



「津波!?津波だ!!」



フロアが騒然となった。誰が東北出身だった、とか、実家に電話しないと、など急に緊迫した雰囲気になった。

だけど携帯も使えない。電波がないのだ。



すると、外でみていた人たちが情報を求めて一気にフロアに入ってきた。

フロアがとたんに人でごった返した。

人の体温と沢山の声、そして人、人、人、人。



店員さん
押さないでください!すみません!店内は大変混雑しています!店内利用のお客様以外、入るのはやめてください!


店員さん
これ以上混雑すると危ないので入るのはおやめください!


店員さんの大声も全く届かない。

私たちスタッフも、立つ場所がなくなって商品を並べる段差を見つけてそこに立っていた。



段の上からは、テレビをかじりつくようにして見ている沢山の人がよく見える。不思議な光景だった。



    ー携帯が動かないんだけど  ーこれからどうやって帰ろうか

ー母に電話が繋がらないの

        ー津波の被害は?   ー震源東北なんだ

 ー電車とまったのかな〜?       

          ー明日の仕事どうなるんだろう

 ーえー、どうなってんのー?



いろんな声が混ざる。不安と混乱と恐怖がうずまき、フロアは混沌としていた。



私は、何かテレビや映画を見てるように、リアルじゃない感じがして、ただただ、そこにいた。

頭が何も働かなかった。



フロアも落ち着き、段々いろんな状況が分かってきた。



震源は東北で津波の被害がすごいこと。

電車はとまっていて復旧のメドはまだついていないこと。

携帯も繋がらないこと。

非常事態だということ。



スタッフに今日は帰っていいという連絡がまわってきた。帰れない人はお店に残ってもいいらしい。



男性スタッフ
まほちゃん、初日なのに大変だったね。



男性スタッフが声をかけてくれた。



男性スタッフ
電車が動くまでこれからみんなで飲みに行くけど、よかったら行かない?親睦会も含めてさ。



派遣のスタッフは男性がダントツ多かった。そういえば久しぶりに女の子が入って嬉しいと言っていた。



一人で残るのは心細いし。どうしよう。



スタッフの間でも、歩いて帰る人、お店に残る人、居酒屋に行く人、それぞれわかれていった。



私はどうしたらいいか、分からなかった。



男性スタッフ
行こうよ。残ってもいつ電車が動くか分からないし携帯も繋がらないよ。



男性スタッフの一言で、それもそうか。と、居酒屋へ行く事に決めた。



けんちゃん、大丈夫かな?

今日は先輩と飲むって吉祥寺にいるはず....



ふとけんちゃんのことも気になる。



でもけんちゃんのことだし、大丈夫か。携帯も繋がらないし...




そのまま五人くらいで居酒屋へ行くことになった。

居酒屋は電車待ちの同じ考えの人でいっぱいで、たしか二軒目を断られ三軒目くらいでやっと入れた気がする。



急に仕事が休みになった解放感と、非常事態の妙な高揚や、不安や疲れ、



居酒屋はいろんなテンションが混じって変な空気だった。




私たちもいつもと同じ様にお酒を頼み、いつ電車来るかなー、なんて話しながらいつもと同じようにおつまみをつまんだ。



何かとても違和感だった。

非常事態でも、案外普通なもんだなぁ。これでいいのかな?



自分が今何を感じてるのかよく分からなかった。

携帯も情報もない、何を頼ればいいかも分からなかった。



その時、



ブブブブ.....



携帯のバイブ音が一斉に鳴りだした。



「おっ!携帯が繋がるぞ!」



誰かの一言で、みんなが携帯を見る。



電話の着信、メールの受信、10件を超える履歴が一気に届いた。



そこで一通のメールが目についた。けんちゃんだ!



新宿のまほのバイト先の東口の入り口で待ってる


急いで打ったであろう文面だった。

電波はすぐ繋がらなくなったはずだから、地震が起きて本当にすぐ送ったみたいだった。

送られてきてからすでに3時間以上たっている



すみません!私行きます。これ、お金.....!



三千円だけ机に置いて、急いで居酒屋を出た。




3時間前だ。けんちゃんいるかな...!

余震も少しあったし、大丈夫かな?



とにかく走った。お酒が回って少しフラフラする。お酒なんか飲まなきゃよかった。



新宿のバイト先の電気屋の前は大きな交差点になっていて人が沢山いた。みんな電車がなくて、行き場がないのだろう。



人混みをかき分け、メールで書いてあった場所まで走る。




3時間も前じゃさすがにどこか移動してるかも...!



交差点の向こうがその東口前だった。キョロキョロしながら見える範囲を探してみる。


するとそこに、背の高い男の子が立っている。右手にはスケボーを持って、左手には重そうな袋。



それはけんちゃんだった。

3時間前の指定の場所にそのまんま、彼はそこにいた。



けんちゃん
おーーい!まほ!まほー!!



私を見つけ、けんちゃんが大きく手を振る。

けんちゃんの顔を見ると急に安心した。



けんちゃん....!ずっと、ずっとそこにいたの!?



交差点から一気に走って駆け寄った。



けんちゃん
よかった!よかったまほ!もう会われへんかと思った!ずっとおったで。まほはどこにおったん?
maho
........。

一瞬声が詰まる。なんでだろう。


バイト先のスタッフのみんなで居酒屋に行くってなったから、電車が復旧するまで居酒屋にいたんよ!



けんちゃんが真っ直ぐ私を見ていた。けんちゃんの目はすごく、キレイで、その目には頼りない私が映っている。



......まほ。まほは、携帯がないと何もできんのか?
まほは情報がないと何もできんのか?.....



お酒のせいか、走ったせいか、耳の奥で心臓の音がバクバクきこえる。



まほ、人間力をつけなダメや。


自分で感じて行動するんや。携帯とか情報じゃなくて、自分で判断するんや



目の奥が、胸の奥が、熱かった。本当に熱かった。息が、できなかった。


交差点の車の音、人の声、混乱した空気、グチャグチャのその中で、けんちゃんと私は真っ直ぐ向かい合っていた。



にぎった手



地震があった時、けんちゃんは吉祥寺行きの電車に乗っていた。

先輩の家で宅飲みをするはずだったので沢山のお酒と、いつものトレードマークのスケボーを抱えていた。


電車がホームに着いたとき最初の揺れが起こった。

その時地震の衝撃でドアが開きっぱなしになってしまったらしい。



他の人が電車が動くのを待っている中、事態の深刻さを感じたけんちゃんは、すぐドアから飛び降りた。

余震が危ないのでスケボーを片手に、お酒の入った袋も持って、

迷わず吉祥寺から私のバイト先の新宿まで、10キロ以上ある道のりを走った。


それから、いつ携帯も復帰するか分からない中、同じ場所でずっと待ってくれていたのだ。



1番怖かったのはまほと会えんくなることやと思った。電車も当分動かんやろうし、ここで会えんとバラバラになると思ったんよ。


待っとけばいつか来るやろう!あはは


けんちゃんは笑いながら、お酒の選別をしている。ソーダやジュース類だけ残し、あとのお酒はおいていくようだった。


これから買えんくなるかもしれんからな。飲めるのだけは持ってた方がよさそうや。



ほらまほ!これはまほが持って、ここに座る!



私はスケボーに座らされ、ジュースの入った袋は足ではさんで落ちないように固定した。



ほな、行くで!



けんちゃんから出された右手を私も強く握った。



まるで犬の散歩みたいに、スケボーに座った私の手を引っ張って進んでいく。

ガラガラと音を立てるスケボーに女の子が乗ってる姿はなかなか面白いようだった。



歩いている人たちに笑われたり写メを撮られたりしながら



どうもどうも〜!



なんて調子に乗るいつものけんちゃんに安心した。



東京の空は気味の悪い色をしていた。赤っぽくてほこりっぽいような、見たこともない本当に不気味な空だった。



そしてぞろぞろとみんな歩いている。すごい人だけど、秩序だけは保ちながら、疲れていて、これからどうなるのか分からなくて、不安の重たい色の中、とにかく、みんな歩いている。



戦争のときってこんな感じやったんかな?



そんなことを思ってしまうような異様な光景だった。



そんな中けんちゃんは前だけ向いて私の手をひっぱりながらぐんぐん進んでいく。





私は、いつ来るかもわからない人をずっと信じて待てるだろうか?携帯も何もないなか。

電車が止まった時、けんちゃんはどうして迷いもなく走ってこれたんだろう。お酒の袋もかなり重かったはず。




とにかく線路をたどり、汗をかきながらひたすら走るけんちゃんが目に浮かんだ。


本当って、正しいって、なに?



新宿の街は、車も大渋滞で全然動いてなかった。すごい列になっていた。



普段は歩かないような距離を家に帰る親子。ヒールの女の人は足が痛々しい。



スタッフのためという理由で外資系のファーストフード店はすぐ店を閉めた。



毛布をくばってラウンジを解放しているホテル。



スタッフのはからいで、ホットコーヒーを無料提供しているチェーンのカフェ。



今日のお客さんは、お店の子が心配と10階のお店に走って戻った。



いちもくさんに高級大型テレビをおさえに行った電気屋の店員さん。



居酒屋で電車を待っていた、私。




   一体何が正しいのだろう?
   一体何を信じればいいんだろう?




いつも正確にくる電車は少しの事故でも大幅にズレる。緊急事態だと全く動かなくなった。



きちんとした背広のサラリーマンたちの今日は飲むぞー!という笑い声。



電車から飛び降りて会えるかも分からない私を迷いなく待っていてくれたけんちゃん。




生あたたかい気持ちの心地悪い風が体をなでる。

私はけんちゃんの広い大きな背中を見ていた。かたく繋いだ手は汗ばんでいる。



けんちゃんは何も持っていなかった。お金もないし肩書きもない。

あのサラリーマンのように素晴らしいキャリアもない。



だけど、けんちゃんはけんちゃんだった。どんな時でも、何者にもなろうともしてなかった。




   ーじゃあ、私は?




まほ、人間力をつけんと。



けんちゃんの言葉がこだまする。




自分で感じて行動するんや。携帯とか情報じゃなくて、自分で判断するんや




けんちゃんの目に映った頼りない私。




   ー私は一体、なんなんだろう?




けんちゃんの引くスケボーは、ガラガラと音を立て私を乗せて坂をくだっていく。




今分かるのは、このかたく繋いだけんちゃんの手と、それを心地いいと安心している私のきもち、

これだけは本当だということ。これだけは信じられるということ。

それだけははっきりと分かった。


坂を下ると、けんちゃんの背中の向こうにやっとみなれた恵比寿のアパートが見えてきた。



けんちゃんの背中



家はもっとグチャグチャかと思っていた。倒れたものといえば、シャンプーくらいだった。


なんだ。こっちは全然やったんやな。


二人でホッとした。

家に帰った途端、自分がとても疲れていることに気づく。

けんちゃんなんて、もっとだろう。

新宿から恵比寿まで3時間以上かかっていた。



お布団をひいて、寝巻きに着替えた。



テレビは地震のニュースだらけで、同じ情報が何度も繰り返し流れていた。

今日はもうやめようと、少し見てテレビの電源を切った。


もういますぐ眠ってしまいたい。とにかく早く明日になって欲しかった。

ひどい眠気と、重くてにぶい体をあたたかい布団にもぐりこませた。


疲れたやろ。しっかり寝るんやで。
ここは安全みたいやしな。


けんちゃんがお布団をかけてくれる。


まほ、ごめんな。俺は寝らんで行ってくるわ。
外には寝床のない人いっぱいいるやろうし。
なんか俺ができること、とりあえずやってくるわ。
えっ.......!

けんちゃんはお布団にも入らず、汗だくになったTシャツだけ着替え始めた。

もうクタクタなはずなのに!



危ないとか余震が来たらどうするのとか、私がなにを言っても、


まあまあ、絶対帰ってくるから。
まほは寝とくんやで。何かあったら連絡するから。


と、いつものように笑っていた。


前、けんちゃんが話してくれた、タイで野宿した話を思い出した。

眠たいのに安全な寝床がないのが一番辛いって。



とんでもなく疲れているはずなのに、けんちゃんの背中はいつもどおり広くて大きくてシンプルだった。

真っ直ぐなその背中を、またじっと見るしかなかった。


ドアの閉まる音とともに、部屋が急に静かになる。


今日の出来事は、作り話のような、SF映画のような、現実味のないものに感じられた。

本当にこんなこと起こったのだろうか?起きたら普通の毎日がきたりして....。


一日の出来事がゆっくりリピートしていく。もう考えたくない。でもぐるぐるとまわっていた。



  もし私が、今日死んじゃったら、後悔しかない。


なんで? 

          なんでだろう。


  もっと、今を楽しめばよかった、って、思う。


いつも何かおいかけてばかり。


    あれ?私は一体なにをおいかけてたんだっけ?

  なにから、認められたかったんだろう...?

         私、このままでいいの?



津波。酔ったサラリーマン。動かない電車。すぐ閉まった大手のファーストフード店。

家路をいそぐ人。今日のお客さん。ずっと待っててくれたけんちゃん。つよくにぎった手。



なにが正しい?



ぐるぐるぐるぐる、大きく渦をかくように、いろんなものが飲み込まれていく。

目がまわる。体が布団の底へ底へと沈んでいった。



私はもう何者にもなりたくなかった。
私は、わたしになりたかった。


目を閉じると、真っ直ぐなけんちゃんの背中だけが見えた。





読んでよかった
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けんさん、すばらしいですね!そんなすてきな人と一緒にいる、まほさんもきっとすてきな人なんだろうなーと思います。次のも楽しみにしてます♪

なんでかはわからないけど、炊飯器の白ご飯のところで泣けた。

(>_<)!!!
もう、けんちゃん!!
感動!!!

こころにグサっときました。人間力。私に足りないのはこれだ。

人間力つけなきゃダメだの所でじんわり涙が出た。まほちゃんの話はいつも涙が出るな!(笑)

心が動きました!
自然に涙が出ていました!
感動ってまさに、こういうこと…❓

ケンちゃん最高!人間力=直感力

素敵な彼ですね!尊敬です。
情報化社会で選ばないといけないと言うのは、まさに直感力を鍛えろって事ですね!
人の第六感ってやつ♪

なかなかすごい!感動する!息子に送ろうかな!

私も、震災の時、東京にいました。まほさんと、けんちゃんもいたんですね。不思議な縁を感じます。

Shono Maho

1987月4月24日生まれ。あーす・じぷしー/ソウルカラーアーティスト/作家 storyで書いていた話が本になりました! 「EARTH GYPSY(TOブックス)」(上のボタンでサイトに飛べます)。韓国版も出版されます。他「受け入れの法則(徳間書店)」

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1987月4月24日生まれ。あーす・じぷしー/ソウルカラーアーティスト/作家 storyで書いていた話が本になりました! 「EARTH GYPSY(TOブックス)」(上のボタンでサイトに飛べます)。韓国版も出版されます。他「受け入れの法則(徳間書店)」

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1987月4月24日生まれ。あーす・じぷしー/ソウルカラーアーティスト/作家 storyで書いていた話が本になりました! 「EARTH GYPSY(TOブックス)」(上のボタンでサイトに飛べます)。韓国版も出版されます。他「受け入れの法則(徳間書店)」

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