ワコム×セルシス社長対談「道具を意識しないほどの没入感をクリエイターに届けたい」
2022年4月、株式会社ワコムとアートスパークホールディングス株式会社の資本業務提携が締結されました。ワコムは以前から、同社のペンタブレット製品にアートスパーク傘下の株式会社セルシスが販売するイラスト・マンガ・アニメーション制作アプリ「CLIP STUDIO PAINT」をバンドルしており、20年以上にわたってクリエイティブ・コミュニティをともにけん引してきた仲。言わば同志といった関係性ともいえる2社の資本業務提携は、どのようなクリエイティブ・コミュニティの未来を描いていくのでしょうか。ワコム代表取締役社長の井出信孝さんと、セルシス代表取締役社長の成島 啓さんにお話をうかがいました。
クリエイターと、彼らを囲むオーディエンスを含めてのクリエイティブ・コミュニティ
――今回の資本業務提携は、クリエイティブ・コミュニティにどんな影響があると考えていますか?
成島 ワコムさんもおそらく同じくらいだと思うんですが、ユーザーの中でプロフェッショナルとして活動されている方は10%くらい。それ以外の90%の方も、コストを払って使ってくださっています。クリエイティブとは、素晴らしい作品を生み出すことだけではありません。創作の過程の中で、スキルが向上していく実感や、同じような手技手法を使っている仲間とのコミュニケーション、上手下手ではなく自分のパッションを表現したものへの共感など、そのすべてが、人生を豊かにする体験だと思います。だからこそ、コストを払って使ってくださっている。ハードウェアとソフトウェアの境界があいまいになっていく中で、素晴らしい作品を生み出すためのソリューションが出来ていくことも評価の部分だと思いますが、それに加えて創作周辺の楽しみ方が広がっていくことも大きな部分だと考えています。そこが広がっていくことが、クリエイティブ・コミュニティの裾野を広げていくことになるんじゃないかと思いますね。
井出 僕らの道具とCLIP STUDIO PAINTを組み合わせて使ってくださっている方に、どんどん新しい機能や体験をお届けしていきたいということはもちろんですが、その道具から生み出されたものを楽しむファンの人たち、オーディエンスも含めてクリエイティブ・コミュニティだと考えているんです。使い手だけではなく、自分では描かないけど好きだという方に向けて、創作の新しい楽しみ方を提案していきたいですね。今、実際に創作の軌跡をファンの方にも楽しんでいただく「KISEKI ART」プロジェクトを進めていますが、そういう新たなクリエイションの楽しみ方のアイデアが両社の間で広がって、さらにオーディエンスへと広がっていく。そして、それを学びにもつなげていきたいというのが資本業務提携の柱のひとつです。まったくゼロからの状態でも、クリエイションを学ぼうとする人たちのきっかけになるような道具やサービスを一緒に作っていきたいですね。
▼井出信孝さん(株式会社ワコム 代表取締役社長兼CEO)
成島 それが技術的な部分の独りよがりにならないように、クリエイターの声を聞きながらやっていきたいと思います。僕らだけがおもしろがっているだけではコミュニティへ提供ができませんから、検証もしっかりしていきたいと思っています。
井出 僕らのプロジェクトは2社で行うだけでなく、他の企業も交えて3社、4社で進めたり、自治体の方たちと進めているプロジェクトもあって、クリエイタービジネスじゃない方が興味を示してくださったり、参加してくださったりもしているんですよ。
成島 僕らでビジネスの話をしていると、不思議なくらい独占しようとか、そういう話が出てこない。概念的なお話になりますが、やはり創作は自由でなければならない。だから、クリエイターさんに制限を与えてはいけないんです。この道具を使わないとできない、このサービスでないとできない、というやり方はビジネスとしてはうまいやり方なのかも知れませんが、結果的にクリエイターの表現の幅や可能性を狭めてしまうことになる。するとマーケットも収縮してしまうんです。そういう危惧もあるので、いろいろなパートナーさんと一緒に取り組むことで、裾野を広げていきたいと思います。その中で一定のポジションを保ち、マーケットを広げていくべきなんじゃないでしょうか。
▼成島 啓さん(株式会社セルシス 代表取締役社長)
井出 潮の流れを作るというようなことを、2社の間ではイニシアチブをとるという言い方をしています。技術開発という点でも、2社だけで全部作られたものというのはきっと浅はかなものになってしまう。パートナーが誰でもいいというものでもないですが、間口を開いたり閉じたりとしている中で進化させていくのが、これからの技術開発の在り方だと感覚的にとらえていますね。
――両社が描く理想のクリエイティブ・コミュニティとはどのようなものでしょうか。
成島 よくAIの進化などで頭に描いたものがすぐに形になる、みたいな話がよく出ると思うんですが、それってうれしい人とうれしくない人がいると思うんですよ。何が目的か、によって違うんですね。例えば車の運転が好きな人にとっては自動運転はうれしくないですが、早く安全に目的地に着きたい人にはうれしいものになります。つまり、クリエイターとひと口に言っても、それぞれの望むものによって理想の未来は変わってくるんですね。だから、非常に難しい。セルシスでは、クリエイターのストーリーを伝える新しい表現様式のようなものが生まれてほしいと、ずっといろいろな方にいろいろな場面でお話しています。クリエイターがつくるコンテンツとはつまり、ストーリーを何らかのビジュアルを使って誰かに伝えることです。セルシスの創業者がずっと言っていたことなのですが、紙というメディアがあったから漫画という表現様式が生まれ、映画のフィルムがあったからアニメーションという表現様式が生まれていて、どちらもストーリーを誰かに伝えるために自然発生的に生まれてきたものです。今は液晶というデバイスの中に電子書籍として漫画などが読まれ、アニメーションが表示されていますが、今あるデバイスだからこそ、今という環境だからこその表現様式が新たに生まれてほしいと思っています。それによって、クリエイターが表現したいこと、その幅がより広がっていくことを願っています。
井出 表現をしながら生きていくということ、表現をし続けて生活していくことが生きづらい社会であるべきではないと思うんですね。それは、クリエイターの作品をはじめ、その描き様、生き様が好きだと本当に思ってくれるオーディエンスが作る社会です。クリエイションの地位向上というと、大仰な言い方かもしれませんが、異質なものとして崇められるでも、誰もができることというような認識でもなく、クリエイションをすること、そういう人に対するリスペクトがあってほしい。人の心を動かすクリエイションは、非常に特異なもの。油彩はすごいけど、デジタルはだめ、みたいな優劣もなく、クリエイションに対する対価もしっかりとあるような、“特異なこと”をしっかりと受け止められるような未来であってほしいと思いますし、そういう未来を僕は作っていきたいですね。
――この資本業務提携が、クリエイティブ・コミュニティの未来を変えていく、その第一歩になりそうですね。
井出 いやぁ、そういう幕末の志士みたいな気持ちでは、2人ともありません(笑)。ワコムは道具屋なんです。そして、道具を手に取ったとき、道具を使っているということを意識してもらいたくないんですね。それくらいの没入感で、クリエイションの世界に入ってもらいたい。“消えていく道具”が僕らの理想です。今回のセルシスとの資本業務提携も、その“消えていく道具”の透明感をより増していきたいから締結しました。それが両社が道具屋であるからこその想いです。
成島 そうなんですよね。社会を変えようとかそういう感覚ではありません。ただ、クリエイターにとって、作品は自分の子どものようなもの。大切な自分の子どもを、明日壊れるかもしれないベビーベッドに寝かせるか、という話なんですよ。子どもにはいい教育を受けてもらいたいし、幸せな人生を送ってもらいたい。そういうことを我々が提供し続けられるかどうかなんですね。面倒になったから、儲からないから、それがビジネスですからと、道具を作るのを辞める。それが一番よくないことです。継続性というのは、絶対に捨ててはいけないことだと考えていますね。
井出 なので僕らは社会を変えてやるとか、そういうことは掲げていないですが、道具屋としてそれはすごく意味のあることだとは考えています。
成島 我々の取り組みが、ひとつのきっかけとなることは、あるかもしれません。でも、波紋はみなさんに広げていただくような形でね。
井出 そうですね。うまく広がっていけばと思います。
→ 前編はこちらから
ワコム×セルシス社長対談「私たちが手を取り合うのは、運命的というか必然だと思う」
行動者ストーリー詳細へ
PR TIMES STORYトップへ