インターネット上の誹謗中傷はなぜ「増えて」いるのか。どう防ぐのか。SNSコンサルが語るサービス開発のストーリー
アディッシュ株式会社(以下、アディッシュ)は、「つながりを常によろこびに」というミッションのもと、インターネット上で人と人がつながるために発生する課題を解決し、インターネットの利用者にとって健全で心地よい居場所をつくることを目的としたカスタマーリレーション事業を展開している。
インターネット上のコミュニケーションリスク対策事業は、アディッシュ代表の江戸浩樹が2007年、新卒で入社した株式会社ガイアックスに在籍していたときに起案し、ガイアックスの一事業として開始した。
(江戸浩樹。アディッシュ株式会社 代表取締役)
2000年代初頭、コミュニティサイト(現SNS)で「出会い系」犯罪などが多発し、社会問題になっていた。江戸はこのような状況を解決したいと、2007年に「インターネットモニタリング(投稿監視)」サービスを立ち上げた。これは、SNSなどインターネット上の投稿をモニタリングしてリスク対策をするサービスだった。これのノウハウを使って同年、ネットいじめ対策「スクールガーディアン」も立ち上げた。
江戸は2010年に、アプリに特化したカスタマーサポートの代行「ソーシャルアプリサポート」を提供開始、2014年にはガイアックスからこれら事業継承し、アディッシュ株式会社を設立した。
「コミュニティサイト(現SNS)での犯罪やネットいじめが発生していた社会背景から、私自身、情報社会で発生する課題を解決したいと事業を立ち上げ、アディッシュを設立しました。この想いは2007年の事業立ち上げから現在まで変わらない」と江戸は言う。
2020年、誹謗中傷をきっかけにタレントが亡くなるという痛ましい出来事があった。アディッシュはこの事件をきっかけに、同年5月には個人向け誹謗中傷対策サービスの提供を開始。同年9月にはコミュニティサイト投稿時にAIが不適切な投稿にアラートを出す「matte(マッテ)」を開発・提供。2021年9月には、Twitter上の投稿を自動検知するSNS炎上対策SaaS「Pazu(パズー)」の提供を開始した。
SNSをはじめ、インターネット上での誹謗中傷がますます大きな社会問題となっている。このストーリーでは、「SNSコンサル」として活動するアディッシュ株式会社の田中裕一朗が、誹謗中傷が注目されるようになった背景や、誹謗中傷に対する対策について語る。
誹謗中傷とは、人格や存在の否定である
SNSの普及により、誹謗中傷と思われる投稿を目にすることが珍しくなくなってきた。ただ、一概に誹謗中傷といっても「何をもって誹謗中傷と判断するのか、わからない」と感じる人もいるのではないだろうか。田中が解説する。
「当社では誹謗中傷を“人格・存在の否定”、一方誹謗中傷としばし混同されがちな『非難・批判』は“言動を否定すること”として定義しています」。
例えば、「死ね」という言葉は、その人自身に対して否定的に述べる言葉なので「誹謗中傷」に該当する。「非難・批判」は、たとえば誰かの発言内容や行いに対して「それは違う」と否定することであって、そのやり取りが白熱しすぎる場面はあるものの、あくまでも議論の範囲内であるため誹謗中傷とはみなしていない。
(田中裕一朗。アディッシュ株式会社 カスタマーリレーション事業本部 ポリシーアーキテクト)
インターネット上のコミュニティを理想的な方向に導きたい
田中は、以前には企業のSNS活用の支援を行なっていた。企業側がSNSを通じてどのように情報を発信するのか、という点に興味があったという。SNSではその性質上、ユーザーのリアクションが当然に発生するが、ネガティブなコメントが人を傷つけることも多い。「コミュニティを理想的な方向に導くことに貢献できないか」。田中の問題意識が日に日に大きくなっていった。
「イノベーションの進化と共に新たな社会課題が発生します。これらを解決したいという思いが強かったです。そのうちのひとつが誹謗中傷・炎上対策です」(田中)。
「情報の領域で発生する課題を解決し、インターネットを介したコミュニケーションが利用者にとって健全で心地よい居場所となる社会を目指す」といったコーポレートミッション・ビジョンに田中は共感している。明確な悪意を持った誹謗中傷は当然防ぎたいが、とくに田中が注目したのは、コミュニケーション不全において発生する誹謗中傷だ。
「自分の意図と異なる受け取り方をされてしまう、説明が不足していて他者を傷つてしまう、などのコミュニケーション不全は、コミュニケーションをアシストすることで修正が可能ではないか?と考えています。相互の理解を深められるようなサポートをしたい」(田中)。
オンラインコミュニケーションには独自のルールやマナーが存在しているが、それを知らないことでトラブルが発生している。あるいはルールやマナーを知っているが、それらを守ることによるメリットを感じ取れないため、好き勝手に振る舞うユーザーも発生しているだろう。「NGとなる行為を明確にして非表示などの対応を行うことをきっかけとして、コミュニティの健全さと活性化の両立を図ることは可能だと思います」と田中は強調する。
誹謗中傷が注目されるようになった背景
1995年からインターネットが一般に普及し、誰もが容易に自分の意見を発信することのできる時代が到来した。新時代のコミュニケーションにおいては匿名性の高さによって相手の心情を無視した誹謗中傷も多数発生している。
昨今、特に誹謗中傷が注目されるようになった理由は「個人の変化」「社会の変化」の2つに分けられる。
個人の行動・意識の変化
「誹謗中傷が注目されるようになったのは、誹謗中傷に対して『正攻法で対峙』をする人が増えてきているからでしょう」と田中は考える。
誹謗中傷を受けた被害者が、加害者の個人情報をプロバイダーに開示してもらうためには、裁判所からの開示命令や犯罪が立件されることが要件だ。しかし、要件をクリアしてもプロバイダー側が開示しないケースがあることから個人情報の取得が困難となり、泣き寝入りをする人が少なくなかった。
ただ、現在は大変だった開示請求が以前よりも簡略化されたことで、芸能人やYouTuberなどの個人が申し立て、誹謗中傷をした人の個人情報の開示請求をするといった「個人が実際に“行動”を起こすケース」が増えてきている。
また、被害者である芸能人やYouTuberが裁判を起こすこと、開示請求をすることについて、SNSで「宣言」する様子を見かけることも増えてきた。
「これは、社会の常識・良識が変わっていく中で、もはや誹謗中傷は逃げられる行為ではなく、『投稿内容には責任を持ってほしい』という、かれらの切実な訴えでもあると思います」(田中)。
「カスケード構造」による誹謗中傷の拡散が起きている
近年、Twitterをはじめ情報を不特定多数の人に拡散するサービスが増えたことで、どこかで話題になったことがさまざまなプラットフォームで取り上げられる「カスケード(連鎖的に物事が生じる様子)構造」がインターネット上に形成されている。
このカスケード構造により、大勢の人が短時間に多くの情報を目にすることができるインフラ環境が整ったことで、ネガティブな投稿の影響力もまた大きくなりやすくなっていると、田中は考えている。また、以前はマスコミが情報を取り上げて話題になるという流れが大半だったものの、昨今はインターネット上で「バズっていること」をマスコミが取り上げるというふうに、情報の流れが逆転した。これも、カスケード構造に起因すると言える。誹謗中傷といったネガティブな側面に限らず、インターネットの歴史上の変遷を振り返ってみても、ここまでネット上の投稿が注目され、盛り上がったことはなかったかもしれない。
「インターネットがポジティブな情報や責任のある発言で盛り上がればいいのですが、そうではない方向に動いています。そのため、総量として誹謗中傷が増えたという印象が生まれているのではないでしょうか」(田中)。
誹謗中傷を防ぐために、行政、コミュニティ運営企業、個人ができること
誹謗中傷の被害者・加害者にならないための対策として、何ができるのだろうか。行政、コミュニティ運営企業、個人それぞれの対策方法を、田中に聞いた。
政府の対策
インターネット社会でのコミュニケーションを起点としたトラブルが起きるたびに、政府が解決に向けて法改正を進めたり、罰則を設けたりしている。2020年5月にリアリティー番組の出演者が、誹謗中傷が原因により死去したことで、政府の動きも加速した。2020年8月に総務省は「プラットフォームサービスに関する研究会 インターネット上の誹謗中傷への対応の在り方に関する緊急提言」を公表。
「これは、2020年7月に「インターネット上の誹謗中傷への対応の在り方について」意見を募集し、事業者や団体、個人などから寄せられた208件の意見と研究会での議論の結果を踏まえた提言です」(田中)。
また、2022年10月には、被害を受けた人が発信者を特定する手続きを簡素化する法の改正が行われた。これまで発信者を特定する手続きは、SNS事業者と通信事業者などからの開示といった2回の裁判手続きを経ることが一般的だったが、これを簡素化し、一つの手続きで行うことが可能となった。
「このような法改正は、煩雑な手続きが理由で損害賠償請求を諦めていた被害者の救済につながりますし、『それぞれが自分の発言に責任を持つ』という社会変化の現れでもあります」(田中)。
コミュニティ運営企業の対策
コミュニティ運営企業にも誹謗中傷対策への積極的関与が求められている。プラットフォーマーとして場の提供をしているからこそ、誹謗中傷への対策に責任を持ち、その場所を安心安全にする取り組みが必要だ。
有効な対策として、「利用規約やガイドラインを整備・公表して、モニタリングする仕組みをつくること」や、「ユーザーから通報が受けられるシステムを構築し、通報などに対応できる社内体制の確立」がある。
また、誹謗中傷への対応と表現の自由へのバランスを考慮した対応としては、「ユーザーが投稿する際に投稿内容の再考を促す機能を装備すること」も有効だ。
「コミュニティを運営する大手プラットフォーム事業者などは、コメントポリシーを制定したり、誹謗中傷などの相談を受け付ける相談窓口を、期間限定で無償に開設したりしています」(田中)。
個人の対策
ニュースに取り上げられる誹謗中傷は、芸能人が告訴して加害者が逮捕されたり書類送検されたりするような誹謗中傷が多いため、中には「自分には関係ない」と思っている人もいるだろう。
SNSで発信すれば、誹謗中傷の被害者になるリスクがある。逆に、意図せず加害者になる可能性もあるため「いつか自分の身に起こることかもしれない」と、自分事として捉え、インターネットと向き合う意識が大切だと田中は強調する。
「自分がSNSに投稿するときは、その内容は第三者が見て不快な思いをしないかどうか、一瞬、立ち止まってから投稿をしてほしいと思います」(田中)。
また、SNSを含め、インターネットは多種多様な意見の集まる場所であり、誹謗中傷や批判的な意見はその一部に過ぎないという意識を持つことも大切だ。
「批判的な人の声は大きく聞こえ、目立つので大勢の人が自分に向けて誹謗中傷をしているように見えてしまいます。しかし、実際は大勢の中の一部の反応であって、それがすべてではありません。多種多様な意見を適切に受け止めることが大事なことであり、自分の声に賛同や応援してくれる人もいることを心に留めてほしいと思います」(田中)。
一方で、誹謗中傷のニュースを見たり聞いたりするたびに、心を痛めている人もいる。
そんな人は、自分が不愉快だと思った情報をブロックするという方法を試してはどうか、と田中は提案する。
「自分の心を守るために、心地がよくない情報を遮断することは、ときには必要だと思います」(田中)。
拡大を続けるネットのリアリティにおける誹謗中傷にどう向き合うか
近年は、インターネットとリアルな世界の境界線がなくなりつつある。メタバースがまさにその例だ。「インターネット上の自分は、リアルな自分と同じ」という感覚の人が増えており、特に10代は匿名でインターネットを使わない傾向がある。
インターネット上で個人が匿名性を持たない場合、「誹謗中傷には現実世界と同じ対策を施すべきだ」という考え方が有効だ。現実社会で人を傷つけてはいけないことが常識であるのと同様に、インターネットの世界でも人を傷つけてはならない、という常識とルールが求められる。
誹謗中傷という行為をなくすことは難しいと、田中は言う。「しかし、社会の変化に伴い、企業や個人で対策を講じることが重要です。また、仕組みを変えて、ある選択肢を選びやすくする『アーキテクチャ的アプローチ』も有効だと考えています」(田中)。
※米法学者ローレンス・レッシグ著書「CODE VERSION 2.0」(翔泳社)をもとに作成
米法学者ローレンス・レッシグ氏著書「CODE VERSION 2.0」によると、インターネット上のコミュニティのあり方を考えるときには「法」「規範」「市場」「アーキテクチャ」という4つのパワーがあるという。
これを参考にして、田中は4つのパワーを「デジタル空間におけるアーキテクチャの例」として落とし込んで説明する。
「このように、法、規範、市場、アーキテクチャの観点から訴えかけていくことも、一つの誹謗中傷対策ではないでしょうか」と田中は締めくくった。
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