同時期のさまざまな地域の歴史を、当時の人々の視点から捉えてみる。『歴史の転換期』シリーズ出版の裏にある、山川出版社の思いとは
歴史書や教科書に定評がある山川出版社は、2023年7月に『《歴史の転換期》5.1348年 気候不順と生存危機』を刊行しました。『歴史の転換期』シリーズは全11巻からなる人気シリーズ。『5.1348年 気候不順と生存危機』では、ユーラシア大陸全域が寒冷化した気候不順、それによる食糧危機、反乱や暴動に焦点を当てています。
今回は、山川出版社が『歴史の転換期』シリーズを出版する背景、その思いに迫ります。
さまざまな時期の「世界」を新しい切り口で提示する
グローバルヒストリーなど、世界史を広い視野から多面的に考えようとする動きが活発な今日。最新の学問的な知見を踏まえ、さまざまな時期の「世界」を新しい切り口で提示してみたいという考えに基づき、本シリーズは企画されました。
世界の歴史の大きな転換期となった年代を取り上げ、その年代に各地域の人々がどのように生活し、社会の動きをどのように感じていたのか。世界史の共時性に重点をおきながら考えてみることがこのシリーズの趣旨です。
現代からみた世界史像ではなく、当時を生きる人たちの目線からみた世界史像とは
グローバルな視点から世界史像を描く試みは、今日ではすでに珍しいものではありません。その中で、本シリーズの狙いはどこにあるのでしょうか。
第一に、「転換期」ということの意味を、改めて捉えてみることです。現時点から歴史を振り返ってみれば、それぞれの時期の「転換」の方向性は明確であるようにみえます。地域により時期の差や独自性があるとはいえ、世界中の歴史はある一定の方向に向かって発展してきたのではないか......。
しかしこのような見方は、のちの時代から歴史を振り返る人々の陥りやすい、認識上の罠であるともいえます。その後の歴史の動きを知っている私たちからみると、歴史の軌道は自然に「それしかなかった」ようにみえてしまうのです。
それでは、「今日から当時の社会を振り返る」のでなく、「当時の社会から未来をみようとする」立場に立ってみたらどうでしょうか。
今日の私たちのなかで、百年後の世界がどうなっているかを言い当てられる人はほとんどいないはず。コロナ禍や世界の情勢不安を経験している現代の私たちは、きっと身をもって過去の人々の気持ちを想像できることでしょう。当時の人々の目線に立ってみると、彼ら彼女らは「世の中が大きく変わっている」ことを体感しつつも、生活がどうなっていくのか予測できないまま、不安と希望のなかで日々の選択をしていたと想像できます。
黒死病による死者の埋葬(ジル・リ・ミュイジの年代記, トゥールネー, 14世紀)
(歴史の転換期5 1348年 気候不順と生存危機, 山川出版社, 75ページ)
そのような諸地域の人々の具体的な経験をかさね合わせることで、歴史上の諸「転換期」は私たちに、現代の視点から整理された歴史の流れに比べてより複雑でいきいきとした歴史の姿を見せてくれるのではないでしょうか。
まったく違う地域の世界史の共時性を見つけることの面白さ
本シリーズの狙いの二つ目は、世界史的な「共時性」を取り上げること。本シリーズ5巻目の本書ではタイトルに「1348年」と掲げていますが、本シリーズそれぞれの巻で特定の一年を西暦表示でタイトルに掲げています。
大きな歴史の転換は、特定の一年の間に世界中で起こるものではありません。特定の期間に、いくつかの地域でのみ大きな転換が起こり、そのほかの地域では起こらないということもありえます。
そもそも十八世紀以前の多くの人々は、自らが生きる地域や国の外で何が起こっているのかをほとんど知らなかったでしょうし、本シリーズの多くの章においては、そのような人々が主人公として描かれています。
それにもかかわらず、本シリーズでは、特定の年に焦点をあてて世界各地の状況を眺めてみようとしているのです。それは、当時のそれぞれの地域の人々が直面していた問題と、それへの対応の多様性と共通性を、ばらばらでなく、広い視野から分析する可能性を開くためです。
ペスト流行の拡大(1348~1353)
(歴史の転換期5 1348年 気候不順と生存危機, 山川出版社, 28-29ページ)
広域的な気候変動や疫病のように、同じ時期に、さまざまな地域が同じ問題に直面することもあるでしょう。また、情報や技術の伝播など、時間差をもちながら世界各地に影響を与えてゆく事象もありました。
直面する問題が類似していたとしても、各地域が同じ対応をするとは限りません。類似の状況に直面しながら、ある地域ではそれが既存のシステムを大きく揺るがしたのに対し、他の地域ではほとんど影響を受けない場合もあるでしょう。
そのような対応の違いがなぜ起こったのかを考えてみることは、それぞれの社会の特質に対する理解を深めることにも繫がります。遠く離れた地域で生まれ、お互いのことを全く知らなかった人々が、同じ時の中に生きていた、ということの面白さを味わってみたいという思いから、世界史の「共時性」に注目しています。
世界史とは何か、改めて考えるきっかけに
第三に本書が狙いとしているのは、「世界史」とは何かという問題について読者に考えてもらうこと。
今日、グローバルヒストリーという標語を掲げる著作はたくさんありますが、その方法はさまざまです。例えば、アジアに重心をおいてヨーロッパ中心主義を批判するもの、あるいは多言語史料を駆使した海域・交流史をグローバルヒストリーと称する場合もあります。
本シリーズでは、必ずしもグローバルヒストリーという語は用いず、それぞれの執筆者が任意の方法で執筆し、対象も自由に選ぶという方針をとっています。また、世界史といっても、ある年代の世界をいくつかの部分に分割してそれぞれの部分の概説を書くのではなく、むしろ範囲は狭くても可能な限りヴィヴィッドな実例を扱うことを意識しています。
したがって、それぞれの巻は、その年代の「世界」を網羅的に扱うものには必ずしもなっていません。しかし、各巻の諸章の対象を特定の地域や国だけに留めず、世界に向けて開かれた脈絡の中で扱っています。
ハサン学院
(歴史の転換期5 1348年 気候不順と生存危機, 山川出版社, 53ページ)
「世界」をモザイクのように塗り分けるのではなく、 いわば具体的事例を中心として広がる水紋のかさなり合い、ぶつかり合いとして描き出そうとすることが、本シリーズの狙いであり特徴です。
「世界史」とは、一国史を集めて束ねたものでないことはもとよりですが、「世界」という単一の枠組みを前もって想定するようなものでもなく、むしろ、それぞれの地域に根ざした視点がぶつかり合い対話するところにそのいきいきした姿をあらわすものであると、当出版社では考えています。
世界史の面白さを感じてもらいたい
以上の3点が、本シリーズの狙いでありコンセプトを簡潔にまとめたものです。本シリーズの視点はグローバルであることを目指していますが、それは個々の人々の経験を超越した高みから世界史全体を俯瞰するということではありません。
今日の私たちと同様に、未来が予測不能な状況に直面しながら選択をおこなっていた各時代の人々の思考や行動のあり方を、広い同時代的視野から比較検討してみたい、そしてそのような視点から世界史的な「転換期」を再考してみたい、という関心に基づいています。
このような試みを通じて、歴史におけるマクロとミクロの視点の交差、および横の広がり、縦の広がりの面白さを紹介することが本シリーズの目的です。ぜひ本シリーズをお手に取り、世界史の奥深さをお楽しみください。
■書籍概要
著者:千葉敏之=編 長谷部史彦 井上周平 四日市康博 井黒忍 松浦史明=著
発行:山川出版社
定価:3,850円 (税込)
仕様:四六 ・ 280ページ
刊行:2023年7月
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