エム・シー・ヘルスケア、能登の総合病院におけるスマートフォン導入をサポート。8カ月間を本気で取り組んだプロジェクトの舞台裏とその背景
社会医療法人財団董仙会 恵寿総合病院 理事長 神野正博
(聞き手:エム・シー・ヘルスケア株式会社 事業開発部 部長 松本恵理子)
依然としてPHSが主流の医療現場、恵寿総合病院がiPhone520台を一斉導入に踏み切った背景
2023年4月にスマートフォン500台を一斉導入。内線・外線・ナースコールはスマートフォン端末へ集約すべし――DX先進病院で知られる恵寿総合病院の神野正博理事長が決断したのは2022年夏のことでした。(最終的に520台導入に上方修正)
新ブランド名「コトセラ」を立ち上げ、医療機関向けにDXソリューションのマッチング事業を提供しているエム・シー・ヘルスケア株式会社(東京都港区 代表取締役社長 三池正泰)は、2022年夏から8カ月間、恵寿総合病院へiPhone520台の導入サポートを行いました。iPhoneと電子カルテやナースコールなどを当初から連携した点、ほぼ「1人1台ですべての業務が完結する体制」を敷くなど、「恵寿モデル」とも言うべき特筆すべきスマートフォン導入事例としてご紹介します。
すでに公衆電波を停止したはずのPHSが今でも多くの病院で使用されているのにお気づきの方も多いのではないでしょうか。病院内の情報端末がなかなかスマートフォンに切り替わらないのは、医療機関ならではの独特なハードルの高さがあります。国(厚生労働省)の定めたレベルでのセキュリティ水準を満たすことはもちろん、医療従事者間での使用ルールの整備と周知、ナースコールや院内の各種システムとの連携、外線と内線を接続する交換機(PBX)の調整などを確実にこなしていかなければなりません。
しかも恵寿総合病院のスマートフォン導入です。いち早く病院内コンビニエンスストアを設置、そしてPHS導入のパイオニアである名門病院だけに、他の医療機関の模範として参照される事例となることが予想されました。スマートフォンへの「一部切替」(PHS併用)ではなく、あくまで「一斉導入」(PHS全廃)が目指されたわけですから、その言葉の重みは相当なものだったはずです。
ここでは、エム・シー・ヘルスケアがどのような経緯で恵寿総合病院のスマートフォン導入をサポートすることとなったのか、そのきっかけや経緯について振り返りながら、わずか8カ月でのスマートフォン導入を成功に導いたリーダーシップについて、さらに能登半島地震での情報連携のリアルについて、今もっとも注目すべき「医療DXの論客」として知られる神野理事長にお聞きしたいと思います。
恵寿総合病院、iPhone520台導入の舞台裏とは
スマートフォン導入のプロジェクトマネジメント業務を受注したきっかけ
(松本)
いきなり医療の専門用語から始めてしまいますが、私どもエム・シー・ヘルスケアはSPD(Supply Processing and Distribution)に強みを持ったヘルスケア事業者です。SPDとは単に病院内で使用する医療材料を調達するだけでなく、その搬送から管理までを安全かつ経済的に扱う仕組みであり、当社にはその専門知見がございます。このSPDの第一号顧客が恵寿総合病院であり、私どものソリューションを現場サイドから長年にわたってご指導いただいてきました。
私は神野理事長と米国の医療材料等の共同購入組織への視察で何度かご一緒した縁もあり、さまざまな形でご指導いただき、2022年春頃からは病院内スマートフォンについて情報交換・意見交換の機会もございました。そして2022年夏に入り、正式にスマートフォン導入のプロジェクトマネジメント業務をお任せいただいた形です。私どもを恵寿総合病院のパートナー企業として信頼いただき、改めて感じ入った次第です。
それでは、恵寿総合病院がスマートフォン導入に踏み切った背景についてお伺いします。
(神野)
医療スタッフは院内をあちこち飛び回りながら、たくさんの業務を行っています。これだけ動きの多い医療スタッフ一人ひとりにいかに早く連絡をとるかと考えた場合、やはり固定電話だと遅れが出てしまいます。それであれば、一人ひとりが電話を持ち歩いたほうが伝わりやすいと考えて、恵寿総合病院では全国に先駆けてPHSを導入しました。
しかしながら、次第にPHSが世の中からなくなっていき、私たちの生活の中にスマートフォンがこれだけ浸透してきたわけです。しかもスマートフォンであれば、パソコンを持ち歩いているのと同じですし、さまざまな医療スタッフの業務に特化したアプリも登場していますから、やれることが無限に広がります。だからこそ「もはやスマートフォンを拒む理由などないはずだ」と考えていました。
導入時期についてですが、ようやくスマートフォンを導入できる時期が来たと判断できました。実際にIoTも生活空間のあらゆるところに広がりを見せていますし、当院職員もベテランから若手までがLINEなどのSNSを使いこなしていることから、院内の業務に導入しても操作で支障が出ることはないと考えたのです。
本当のところを言えば、もっと早くから導入したかったのですが、環境の部分の調整が必要でした。電子カルテとの親和性、チャット機能の運用、ナースコールとの連携などの問題をコスト面も含めて考えていかなければなりません。それらのことを検討した結果、2023年4月という導入時期になりました。
社会医療法人財団董仙会 恵寿総合病院 理事長 神野正博氏
8カ月のスマートフォン導入までのかじ取りで意識されたこと(特にリーダーシップ)についてお聞かせください。
(神野)
スマートフォン導入にはやり方が2つあると思います。1つは一斉導入するというもので、当院のように全体として一気に切り替えるというやり方で、PHSや固定電話も全廃してしまい、即日でスマートフォンに切り替える形です。もう1つは実証フェーズを挟みながら進めるやり方です。例えば、1つか2つの病棟で先行導入して効果を確かめたり、ノウハウを手に入れたりしてから段階的に導入するのも考えうることでしょう。
ここで私が考えたことは、やはり「誰が見てもいいことは早くやるのがよい」ということです。例えば、どなたかの作業負荷が増えるものを導入するのであれば、それは慎重に進めたほうがよいでしょう。しかしスマートフォンに関しては必ず効率化するものですし、本当によいものだと確信していましたので、「早ければ早いほうがいい」と考えました。
このようなスマートフォン導入を楽しみに想う気持ちも伝わったのか、2023年4月にスマートフォン500台を一斉導入するという目標に向けて、当院のスタッフたちは考える間もなく、8カ月という期間を全力で取り組んでくれました。
具体的に申しますと、2023年4月のスマートフォン導入では、常務理事の神野厚美と本部長の進藤浩美の2人に情報を集約するという体制をとりました。2人が中心となって院内に向けてスマートフォン導入までの進捗状況を発信していましたし、実際の運用マニュアルの整備や導入前の予行演習の機会などもしっかり行いました。このように2人に集約しながら、法人本部の取り組みをリアルタイムで共有していたからこそ、2023年4月のスマートフォン一斉導入が実現したのだと思います。
社会医療法人財団董仙会 本部長の進藤浩美氏(左)と常務理事の神野厚美氏(右)
ベンダーとの交通整理役としてエム・シー・ヘルスケアがサポート
各社連携によって「一斉導入」を実現へ――病院内スマートフォン導入に向けた取組みの中でベンダー側のよかった点を教えてください。
(神野)
これは実にさまざまな要素が絡みますが、一言で言えば、恵寿総合病院とベンダー間の情報連携がスムーズに機能していたのがよかったと考えております。
いざスマートフォンを導入するとなると、さまざまなベンダーとお付き合いしなくてはならず、電子カルテとの親和性、チャット機能の運用、ナースコールとの連携など、多岐にわたる調整事もクリアしていかなくてはなりませんが、恵寿総合病院側の人的リソースにも限りがあるわけです。
そこでいったんエム・シー・ヘルスケアが入って、各ベンダーから当院への提案や相談内容を集約してもらう体制を敷きました。医療業界に詳しい方であれば、エム・シー・ヘルスケアは医療材料や医薬品の調達を通じて病院のコスト削減を支援するヘルスケア企業としてご存じかもしれません。最近では新たに「コトセラ」ブランドを立ち上げて、DXソリューションを扱う専門チームを発足させています。今回はこの「コトセラ」の専門チームの方にプロジェクトマネジメント業務をお願いしました。いわばベンダーとの交通整理役を担っていただいたわけです。
具体的な座組みについて申しますと、スマートフォン端末の調達、キャリアとの契約、セキュリティ対策、ナースコール連携などを提供する事業者が3社、そしてプロジェクトマネジメント業務を担う「コトセラ」(エム・シー・ヘルスケア)を加えた計4社のコンソーシアムでした。
各社ともすばらしい方々をアサインいただきましたが、「コトセラ」を中心に4社がそれぞれの持ち味を生かし、よいチーム作りができたのもよかったのでしょう。おかげで当院の意思決定もスムーズでしたし、よりスマートフォン導入後の運用面に集中することができました。やはり何よりも最後まで「一斉導入」を実現することを大事に考えてくれたことに感謝していますし、予定よりもいくらかのコスト削減にも成功して予定数500台よりも多い520台の導入に着地できたのもありがたかったです。
4社コンソーシアムによるスマートフォン導入の振り返りを実施(2023年11月)
電子カルテや画像データの連携活用、恵寿総合病院内へスムーズに浸透
2023年4月、スマートフォン導入のときの貴院の様子についてお教えください。
(神野)
スマートフォンを導入した当日ですが、まったく不安がなかったわけではありません。520台の一斉導入に際しては固定電話を全廃し、PHSを一斉回収したわけですから、当院の中にも戦々恐々としていたスタッフたちがいたのも事実です。
でも不安を見せるスタッフたちにしても、プライベートな時間になると、家族や友人とのやりとりにスマートフォンを使っているわけです。まったく新しい医療機器を導入するときよりも、ずいぶんと心理的ハードルが低かったように思います。
私たちのiPhoneには通常の入力に加えて、音声入力も可能なようにして配布していますので、それぞれのスタッフがそれぞれの業務内容に合わせて好きなように使えます。もちろん試行錯誤はありましたが、驚くほど早く院内に浸透していきました。
電子カルテ連携に関しては、当院の使用している電子カルテがパソコン用とスマートフォン用のインタフェースを持っていますので、セキュリティ面さえ担保できれば、スムーズに使い始めることができました。
CTなどの画像データを一度クラウドに上げてスマートフォンで読み込む仕組みは、当院の運用に合わせてスクラッチで開発していただきました。当該のベンダーさんはすでに当院で稼働し始めた仕組みを製品化して全国展開している段階にあります。
恵寿総合病院内にある「Keiju Innovation Hub」の入口
令和6年能登半島地震で発揮されたスマートフォンの実力。災害対応で際立った新しい体制の真価
現場のコミュニケーションの活性化、働き方改革の推進といった観点ではいかがでしょうか。
(神野)
スマートフォンは電話の一種なわけですが、スマートフォンを導入してからは通話でのやり取りが激減しました。チャット機能で常に双方向のコミュニケーションが確保できるため、緊急時を除いては通話のやりとりをする必要がなくなったのです。
特にスマートフォンのチャット機能はすばらしいものがあります。チャットであれば、自分の都合のよいタイミングで新しい情報にアクセスすればよいため、そのつど自分がやっている作業を中断する必要がありません。これだけでもかなりパフォーマンスが上がりますし、当院全体としても業務にメリハリがついたと思います。
もう1つ挙げるとすれば、製造業で言うアメーバ型組織のようなチームとチャット機能の相性のよさです。これまで当院では入院患者と職員を「セル」と呼ばれる小規模な単位に分けて業務を行ってきました。スマートフォン導入後はチャット機能を利用して「セル」ごとのトークルームを設けてスタッフ間のやり取りをするようにしたところ、今まで以上に緊密でスムーズな連携ができるようになりました。実はこの仕組みが「令和6年能登半島地震」でも大いに役立ったのです。
今なお震災後の補修工事が続く恵寿総合病院(2024年7月時点)
まさにお話に出ましたが、スマートフォンが有事の中で果たした役割について教えてください。
(神野)
2024年1月1日16:10頃、七尾市は震度6強でした。能登半島の北のほうでは震度7の揺れを観測したのは周知のとおりです。当院ではかねてから自然災害やサイバー攻撃などの緊急事態に遭遇した場合の備えとしてBCP(事業継続計画)には力を入れてきたわけですが、医療DXに関しては次の2つの備えが生きたと考えています。
1つはサーバ室を免震棟の上層階に置いていたことです。過去の病院事例の中で地下のサーバ室が浸水被害を受けたといった話を見聞きしていましたので、院内の上層階にサーバ室を配置した上で、電気の供給が停止した際でも無停電で稼働できる体制も整備しておりました。今はクスリを処方するにしても電子カルテなしには立ちいきませんから、サーバ室は死守しなくてはなりません。
もう1つは電気供給の二重化です。人工透析や手術などは言うに及ばずですが、電気供給は病院にとって死活問題ですから、電力会社と協議して2カ所から送電を受ける2回線受電方式にしていました。
当院ではあらかじめこれらの対策を講じていたため、停電になることもなく、診療の継続は保たれたわけです。しかしこれはあくまで前提の話であり、ここからどうやっていくかが重要になるわけであります。
スマートフォンの話に移りますが、まず震災直後の私が出した最初の指示は「第3病棟と第5病棟から総員退避せよ」というものでした。免震棟の被害は比較的に少なかったのですが、第3病棟と第5病棟(いずれも新耐震基準)での被害が大きかったので、まず患者113名とスタッフたちは震災当日中に安全なところへ全員避難させ、さらに仮設病棟へと移っていただきました。
この仮設病棟での情報連携で力を発揮したのが、すでに一斉導入していたiPhoneです。仮設病棟だと通例の病棟と違ってICTが行き届いてないのですが、スマートフォンから電子カルテを参照して、その場でオーダーも確認できたので、大きな支障はありませんでした。また、先ほど述べた「セル」単位での避難、「セル」単位での仮設病棟への移動も徹底してもらいました。日頃からスマートフォンのチャット機能で「セル」単位に緊密な情報連携をとっていたのが生きた形です。
仮にスマートフォンを導入していなかったら、そのつど電子カルテを確認しにナースステーションへ戻るか、あらかじめ紙に出力しなければならなかったでしょう。もしもスマートフォンがなければと想像するだけでも恐ろしいですが、やはり仮設病棟での業務継続はかなり厳しいものとなっていたはずです。
恵寿総合病院のデッキからの美しい七尾湾の眺め
スマホ導入に際しての費用対効果をどのようにお感じになられているでしょうか。
(神野)
意外に聞こえるかもしれませんが、スマートフォンに切り替えてから通信キャリアに対してお支払いする通信料金そのものはPHSの頃よりも安くなっています。ただしスマートフォン連携するためのものに一定の費用はかかります。電子カルテのオプション費用、ナースコール連携やインカムの使用料などを積み上げていくと、多少のコスト増になっていることは否めません。
こういうときに私がよく用いるのはエアコンの例えです。エアコンを設置しても診療報酬には算定されませんが、今どきエアコンのない医療機関はさすがにあり得ません。スマートフォンも同じことで、これから病院であれば当然備えておくべき基本的な情報インフラとなっていくはずです。これまでの病院のデジタル化の歩みを振り返ったときに、オーダリングシステム、そして電子カルテを導入してきた流れがありますが、その次に来るのがスマートフォンだと私は考えていますし、それくらいに画期的なものと言えるでしょう。
病院内スマートフォンに関して言えば、業務効率化、組織変革、BCPの強靭化などで得られるメリットは大きいものがあり、例えば業務効率化で得られる生産性の向上の部分だけを見ても、スマートフォンへの投資は充分なリターンが得られるはずです。
2024年夏という時点では、もはやスマートフォン導入はけっしてパイオニアではありません。病院におけるスマートフォンの利用はすでに技術的に確立していて、スマートフォンと連動するさまざまなソリューションも病院ごとのニーズに合わせて取捨選択ができる段階ですので、これはもう躊躇することなく取り組むべき段階に来ていると思われます。
恵寿総合病院 理事長 神野正博氏とエム・シー・ヘルスケアの松本恵理子氏(聞き手)
スマートフォン導入までを全力で駆け抜けた8カ月
あまりに濃密かつ学びの多かった時間、特に印象に残っていることについて
(松本)
病院内スマートフォン導入で大切なのは、明確な方針を立てて、関係する事業者の1人1人がしっかりと意思統一していくことに尽きるかと思います。スマートフォン導入までにやらなければならないことは多岐にわたりますが、「2023年4月にスマートフォン500台を一斉導入。内線・外線・ナースコールはスマートフォン端末へ集約すべし」という神野理事長の言葉が典型ですが、恵寿総合病院側の方針をとても明確に伝えていただき、ベンダー側としても動きやすい面もございました。
本件に関するコンソーシアムに参加いただいた事業者の方とは、一緒に「恵寿モデル」とも言うべきスマートフォン導入の模範的事例を構築する、そしてそこで得た知見を全国の医療機関へと展開していくという大志を抱きながら、一体感をもって推進することができました。実際にほとんどの過程をオンタイムで進めております。
すでにスマートフォンは確立された技術であり、医療機関の業務レベルであっても、それ自体は安心して使用できるものではあります。しかしスマートフォンと電子カルテやナースコールとの連携、「1人1台ですべての業務が完結する体制」といった恵寿総合病院で実現したハイレベルな運用を目指すとなると、容易なことではありません。病院ごとのインフラや運用状況によって最適解が異なりますし、まさに小宇宙を思わせるような奥深さがあるのです。
特に印象に残っているシーンは、やはりナースコール連携の瞬間でしょうか。ここは本プロジェクトの中で一番の「見せ場」でもあったのですが、デモ機(iPhone)でのナースコールとの連携を確かめる作業に少々難航しました。誰もが不安な気持ちになりながら、時間をかけて調整したところ、大きな音でナースコールの着信音が院内を響き渡ったのです。それはもう感動的な瞬間で、その場にいた誰もが思わず「おおおーー」と歓声を上げました。
このような思い出の1つ1つを話し始めれば、それこそ尽きることはありませんが、やはり一番の収穫は病院内スマートフォンにおける「恵寿モデル」は、明確な方針を立てた上で正しい手順で取り組んでいけば、どの医療機関にとっても再現性のある成功体験だと確信できたことでしょう。それは恵寿総合病院に限らず、他の医療機関の方々にとっても、大きな一里塚になるのではないかと考えています。
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