「置口空助の発達障害克服論」10年で概ね克服した話①はじめに        

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次話: 「置口空助の発達障害克服論」10年で概ね克服した話②子供時代から31歳まで(小学生から平成16年1月)        

    


挨拶

はじめまして置口空助です。

発達障害当事者です。

まずは

平成16年 「発達障害と思われる」と診断をされ、

平成21年 アスペルガー症候群。ADHD傾向があると診断され、

平成26年 非言語障害、マインズアイ、HSPといった特徴があるとの診断。

すべてちがう医師の診断です。それぞれ見立てが違いますね。その度に自分のことを理解できるようになりました。自分にはこういった特徴があると理解することで、「ではどうすればいいのか」というアクションに繋がるからです。10年かけて自分なりの速度で自分の課題をこなしてきました。10年は私にとって必要だったと思います。


このストーリーは発達障害当事者が生きて行くうえで障害となっている症状をいかに克服していくかという内容です。

弱点「思考が飛ぶ」

弱点「何も考えられない」(思考空白)

弱点「過食」

弱点「整理整頓ができない」

弱点「スケジュールをこなすことができない」

弱点「異常に疲れやすい」

弱点「相手の感情に影響される」

弱点「認識できない」

弱点「睡眠障害」

弱点「フラッシュバック」

なかなかのラインナップですね。当事者であれば思い当たる方も多いのではないかと思います。




置口空助の「工夫」

     


平成16年に「発達障害と思われる」との診断をうけて、私は「脳の問題であれば(この当時は高次脳機能障害という発想はなかったです)、なにかしらの機能訓練を受けたいという気持ちがあったのですが、10年前ですからね、医療のほうにはそういう発想はなかったですね。その当時の私は「じゃぁ、無いなら自分でなんとかしよう」と思ったのでした。しょうがないですね、自分でやるしかないのです。


例えば目の前に障害があったとしましょう。そうですね。道の真ん中に巨大な岩があり、通ることのできない状態です。さぁどうしましょうか?そのままあきらめて家で帰へ帰ることもいいね。岩の前でずっと立ち尽くすのもいいと思います。あるいは大きく迂回したりとかね。そういうことも間違ってはいないですよ。いろんな方法がありますから。事情も知らないで間違っていると言う事は、私にはできません。


この10年で発達障害の克服のために選んだ私の方法は。徹底的に自分を鍛えるという方法です。そして大きな岩を乗り越える。もしくは破壊する。これは単に自分の能力を高めるだけというだけではないです。正直言っていろんな部分で苦手なことがありますのでね、それは無理なのです。苦手な部分は道具を使います。今こういう時代ですから、 IT機器も当然のように使います。そしてアウトソーシングも使います(あくまでも私の中では「自分でやっている」と言う感覚です。主体性を持って自分でコントロールしているなら、道具やアウトソーシングを使う事は自分の能力です)。


多分、自分の出来ないことで苦しんでいる当事者の方はたくさんいると思います。そういう方が望んでいるのはこういう「工夫」かと思います。違う考え方で、「大きな岩があるなら、その道を通る事は諦めて、楽な場所で生きていこう」のような考え方もあると思います。でもそれだけでは難しいね。逃げてばかりだと自分を見失うことになる、経験から言うとね。


私の「工夫」はたとえ環境が劣悪でも、周りに敵しかいなくても自分を保ち、自分の苦手な業種や仕事であっても、ある程度の結果を残す。ということに主眼を置いています。そのために私なりの「体系」といっていいものを構築しました。 3つの要素からなっています。

①効率化の仕組み

②認知・知覚の仕組み

③セルフコントロールの仕組み

穴があいている箇所をひたすらふさぎ、違うとこに穴を見つけてはまた穴をふさぐ(弱点の克服ということです)。10年ひたすら延々と行ってきました。ようやくある程度完成といっていいほどになりました。本当によく生きのびてきたな、と思いますね。現在ここまでね。




あまり「発達障害」について馴染みのない方へ。


           


現在では「高次脳機能障害」という考え方が出てきているようです。発達障害の症状が、脳のどの部分から来るものか、あるいは脳全体としてどのような働きなのか?ということが徐々にわかってきているようです。これは当事者にとっては朗報ですよ。であるならば、その部分をどうするかという発想になりますから。そう遠くは無い将来、少なくとも今と比べれば、当時者の生き辛さはまちがいなく軽減されていくでしょう。


発達障害には一次、二次障害という分け方があります(場合によっては0次障害や三次障害以降も)

一次障害 元々持っている障害そのものから起こる困難。私だと人とは違う感じ方をすることや、異常なまでの疲れやすさとか、根本的に視覚があてにならない(細部が認識しづらい)とかね

二次障害 一次障害によって引き起こされた二次的な障害です。フラッシュバックや睡眠障害や過食とかね。


私は運のいいことに三次障害(一次、二次障害の治療のための服薬による薬害)は引き起こさなかったのですが、二次障害までだけでも大変でした。複雑に絡み合って1+1=2どころか5にも10にもなって、人生に厄介ごとが降り注ぐのでした。


いま私は症状の殆どが改善されています。当事者の率直な意見は

「一次障害が良くならない限り、本当の意味では二次障害は良くならない」ということですね。


そうなのです。二次障害は一次障害からくる生き辛さが原因です。そこから精神を病み、問題行動をとるようになるのです。一時良くなったようにみえても、一次障害がせめて日常生活を送れる程改善しなくては、またいずれ悪化するのではないかと思います。どこかに人里離れた場所に隔離するなら別かもしれませんが。


本当にね、少し脳の機能が人とは違うだけなのですが、歩む人生は大きく違ってしまうね。




書く理由


                 


2点あります

①自分と同じ症状に悩んでいる人のために

私は孤独に延々、発達障害の克服に取り組んできました。ただひとつの疑問がありました。「私の取り組みは他の人にとって意味があるのだろうか?」ということです。正直どこまで普遍性があるかどうかまったく判らなかった。障害の現われ方は人それぞれなのかなと思っていました。


ただ、今年の1月に私以外にも似たような感覚をもつ人がいるということを知ったのでした。そのとき始めて、仲間意識というかそういう気持ちが芽生えましたね。私が克服のテーマとしていることで同じように想い悩んでる人がいる。であるならば、自分なりの克服の方法を発表するのは意味があると、そこで初めて思いました。「わたしに似たことで悩んでいる人がいる。であれば私のしてきたことを書こう。全部でなくとも一部でもいいしお役に立てるなら意味があるし、この世に一人しか伝わらなくてもいいね」と思ってしまった。書くしかない。


もう一点が、

②「発達障害を治す」という潮流を強固にするため

ここ1.2年、ネットで「発達障害を治す」という表現が出てきているのですね。10年前はなかったね。隔世の感がありますね。「おいおい、とうとうここまできたか」と涙がでそうです。

当事者としてこの潮流を確かなものにしたいという気持ちからです。

ただまだ一部なのです。一部の支援者や医療関係者が発信しているものですね。このまだまだ小さい潮流に当事者として出来ることはないのか?これを激流にするにはどうしたらいいのか?

結論は、「複数の当事者が自分なりの工夫を世にだすこと。できればブログ以外で」となりましたね。




STORYS.JPを選んだ理由


       


「発達障害はこういうものだよ」という当事者の文章は書籍となって世に出ていますが、「克服しました」という長い文章はあまりないのではないかな?少なくとも話題にはなってはいない(あったらすいません。私の勉強不足です)。そんな状況で、このストーリーは賛否両論がでるだろうけれども、このタイプの当事者の文章は多分新しい。相応のインパクトはあると思う。


ではどこで発表するか?

ブログはね、長い文章を載せるには向いてはいないです。それと当事者のブログは他の当事者と関係者しか読まないです(普通の人はね、発達障害のことなんて興味ないです)。一部の人気のあるブログを除いて訪問者自体少ないですから。読む人がいないところで発表しても意味が無い。大人数の読者(当事者や定型発達者問わず)が見込めて(勿論内容ありきですが)、長い文章を載せることが出来るところ。


というわけで

STORYS.JPを選びました。 というよりもここしかない。いくら語ってもいいですからね。みんなの「語り場」です(笑)。ここで発表することが何かの呼び水になるかもしれない。


「ああ、この人の長い文章を読みたい」と思う当事者の方が数人います。単なる障害の愚痴や辛さだけでなく、きちんと発達障害というものを考察し、なおかつアクションを起こしている人がいる。本当は私ではなくこういう方が書くべきだね。

主にブログで情報発信をされています。当事者や関係者だけでなく一般の方にも知って欲しいですよ。


このSTORYS.JPは自己実現にむけて努力をされる方には優しい所ですよ(多分)。内容次第ですがきちんと評価はしてくれるかな。あなた方の試行錯誤を偏見とかではなく、評価を決めるのは内容です。

私が書くのは他の当事者にこそ書いて欲しいからです。複数の方が社会に与える影響が大きい。この潮流を激流にするには一人では厳しい。是非。




置口空助の考え①


          


先送りしていると問題は解決しない。発達障害の当事者として言わせてもらうと、生きているだけでなかなか困難な状況があって、何か問題が起こったとしても「これは無理だな」としり込みしたり、解決法がわからなかったりして、行動することが出来ないことが多いと思う。生きていくだけで精一杯ギリギリの状況が多いことは理解しています。ただ、経験から言うと問題を先送りしても解決しないですよ。先送りしてもまた必ず同じような問題があなたの前に現れます。


例えば会社の中で攻撃的な人がいて、苛めにあったとする。その職場を去るというのも1つの選択肢だと思っています。

正直逃げることは構わない。本当にそう思います。逃げてもいいと思う。当事者の経験から言わせてもらうと、世の中には人を苛めることで自分の劣等感を紛らわせたり、純粋に喜ぶという人もいます。そういう状況でただ耐えろと言われても無理なのです。精神を回復できない程、壊されることもあります。原因が判らないときやその対抗手段がない状態では逃げることもありだと思います。


だけども、それで他の職場に移る。でもね、嫌な人ってどこにでもいますよ。その度に逃げるわけにはいかない。ずっと逃げちゃうと本当に家の中に引きこもることになる。

あなたの前に繰り返し現れる同じような嫌なことや困難、これはあなたにとって克服すべきテーマなのだと私は思う。テーマを克服していないから繰り返し現れるのです。多分そういうことですよ。

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