「人の親になるかもしれん」と思った僕が自分を棚卸しする話 2 「オレ零番隊長」

いわゆる「優等生」


僕を形容するに、けっこうハマる言葉だ。優等生。

僕は学業成績はそこそこ良かった。

問題を起こすヤツじゃなかった。

学級委員を何度かやった。

生徒会長じゃないけど、生徒会の一役をやった。

中学・高校では部活のキャプテンだった(中学:軟式テニス部、高校:硬式テニス部)。

浪人はしていない。

今は違うけど、上場企業に就職した。

システムエンジニアとして手に職を得た。

結婚もできた。


だーいたいこんな感じ。順調の一言。


突然ですが、ここで一つカミングアウト

先日、ぶっ倒れた(笑)

よく聞く話だけど、ホント急にきた。いやホント。朝起き上がれなかった。
実はそうなる2・3ヶ月前から、食事をとっても戻してしまったり、
寝付きはするけど、一晩で4回も5回も目が覚めたりしていた。

面白半分で「エンジニア うつ」とかでググったこともある。
セルフチェックシートとかやって「うはw全部当てはまるしwww」とかやっていた。
※SEの方々がセルフチェックすると、ほぼ確実にうつ危険ゾーンになると思う

でもアウトになるとは思いもよらなかった。


その日、朝からヨメに病院に連れて行ってもらい生まれて初めて胃カメラを飲んだ。
内臓には問題なかった。

「となると精神的なモンが原因と思うったいね」
「うつ状態というか、うつ病に片足突っ込んどるかもしれん」
と先生。

午後から心療内科に行った。「うつ状態」と言われた。
幸いながら、軽度とのこと。2週間のお休みをもらって、今に至る。


この騒ぎで一つ驚いたことがある。
僕は自分を怠け者だと思っていた。

人より要領はよかった。
そんなに努力せんでも割と早い段階で70点くらいの成果が出せるようになる。
それに満足して、だいたいできてりゃいいやーっていうヤツだと思っていた。


でも思いがけず完璧主義だった。
必要以上に(?)部下・後輩の面倒を見て、自分の仕事が溢れまくった。
自分の仕事も自分の中でデキが悪いとやり直した。


んで、すっ倒れた。


どっちが本当の自分?
できる限り記憶をたどって、自分ってどんなヤツだったか思い出したい。


幼稚園のころの遊び


幼稚園のころ、よく戦隊モノのマネをして遊んでいた。
その際、「隊長」という概念があった。

別にどうというものでもなく、早い者勝ちで「オレ○番隊長!」と宣言し
「○番隊長」の数字が小さいものがエラい、というものだ。
※みんな隊長隊長言うから、結局は参加者全員が隊長になる


他の子より早く「ゼロ」という概念を仕入れてきた僕は
誰かが先に隊長の名乗りをあげても「零番隊長」という不動の地位を手に入れた。


そのうち、他の子が「マイナス」という概念を仕入れてきた。零より小さいとは!
すると僕は誰に聞いたか覚えてないけど「無量大数」という桁があることを知った。
「マイナス無量大数番隊長」の誕生である。


もはや神。宇宙が消滅するくらいの危機でないと出動しないんじゃなかろうか(笑)

だいたいこのあたりで飽きて、隊長ごっこは廃れていった。


幼子こそ競わせる?


負けず嫌い、というやつだろうか?
中にはオドオドしていた子もいたけど、多くは我先に「壱番隊長」を名乗り出た。


そういえば何かのテレビ番組で「ヨコミネ式」という教育方法が紹介され
ものすごく納得した覚えがある。


子供は、特に幼少期は「負けたくない」という純粋な闘争心を持っているという。
確かにその頃が一番素直に感情を表現していたと思う。


そうなると幼子こそ、進んで競わせたほうがいいように思う。
もちろんルールは決めた上でだが、勝ちたいという願望は
もっとやりたいという思いに繋がっていると思う。


んじゃ家では何をやっていたのか。
僕はひとりっ子だ。兄弟がいないので家では同レベルの競争相手がいない。


家での勝負ごとといえば将棋だった。
小学校に上がったばかりの頃オヤジから将棋を教わった。
別にオヤジも強いというわけではない。我流だし、フツーだ。

今思えば、僕はこの将棋に強く影響を受けているように思う。


その辺はもうちょっとしっかり思い出してから、次回にまとめたいと思う。

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