神さまありがとう第11回

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前編: 神さまありがとう第10回
後編: 神さまありがとう第12回

                  ~大金家の一族~





 発達障害には、様々な発生要因説があげられています。

乳幼児~幼児期での虐待が原因で、発達障害に似た症状が表われるという説

・遺伝による説

・伝達物質の異常

など・・・どれももっともらしく、どれもなんとなく納得できるような・・・

 でも実際のところはまだ真実は明らかになっていません。現在のところ、遺伝による、というのが最も有力らしいです。

 わたしの場合、すべて当てはまりそうです。

ADHD(注意欠陥多動性障害)の傾向も若干あるのですが、虐待が原因で最も発生しやすい症状だそうで、わたしも、実は虐待が原因の疑似ADHDかもしれないと、ある専門家の講座で、ふと思ったりもしました。

 今更、どうちゃら言ってもしょうがないことです。

・・・で、遺伝性という観点で考えるなら、明らかに父方からの遺伝です。そして父はおそらくおばあちゃんからではないかと思いますが、実際に元気な時におばあちゃんに会った事がなく、「あんたのおばあちゃんはやぶにらみで、みるからに意地の悪そうな人だった」という話しだけからの推測ですが・・・。

 確かに、やぶにらみ、にこにこ顔、しかめっつら、など特定の表情のまま変わらない傾向は発達障害当事者によくみられます。

 ついでにいうなら、絶世の美男美女というのも、発達障害当事者に多い傾向です。外見に、不特定多数の人たちとの違いが出てしまっているのです。

 これも、父方の一族にぴったりと当てはまります。

 いとこから、おじ、おばにいたるまで、父方は”ハッと息を飲む”ような美麗一族でした。

 父の若かりし頃の写真をみると、虫も殺さぬような、のっぺり型の美男子で、母はその”いかにも”やさしげな美しさと、言葉のうまさにすっかりまいあがってしまい、父のいうがまま、裕福で何不自由なく暮らしてきた、秋田の豪農の家を身1つで、父と共に飛び出してしまったようです。

 母が20歳そこそこの若い時でした。

 しかし、父は、まったく人の痛みを認知できない性質を隠し持っていました。父自身も、自分の事はあまり分かっていなかったでしょうねえ。

 父は、交通事故で瀕死の重傷を負い、右腕を失うという体になりました。母は父の代わりに水商売で一家を支えながら、献身的に父に尽くしました。働く意欲を無くした父がばくちに走って、母が体を張って稼いできた生活費を使いこむという困った状況になったときさえ、母は父を励まして、再び働く気力を取戻させたのです。

 やっと生活が安定し、さらに贅沢ができる余裕も出てきた時になって、こともあろうことか、この母をキャバレーで出合った若い女と、いとも簡単にとっかえてしまうという大胆不敵な行動・・・。

 さらに、母との別れ話で、「いったい、わたしにどこへ行けっていうんだよ!」とぼろぼろ悔し涙を流して泣きじゃくる母を目の前にして、「がははは・・・」と豪快に高笑い・・・・

 父は、愛人との逢瀬を事細かく母に何度も語り聞かせていました。苦痛に顔をゆがめる母の顔をのぞきこみながら、とても楽しそうに、小気味よくです。時々暴力もふるっていたので、今なら、ドメスティックバイオレンスで直訴できたでしょぅに・・・。

 離婚後半年たらずで、一家をぶちこわした張本人である二号さんと、その子どもたち(腹違いの姉妹)を家に連れてきて、「きょうから、おまえのおかあさんだ。おかあさんと呼べ」と、わたしに強要・・・

 発達障害者の特性と考えれば、納得できる行動です。

 ・・・で、その愛人ですが、父と再婚後、まるで奴隷のような扱いを受けていました。ひと言でも反抗しようもなら「ここにいられなくなるよ、いいの?」と脅迫もどきの事を言われながら、それでも一緒にくっついていました。

 父曰く「金で買った女だ。金さえあれば女も買える」のだそうで、わたしによく語り聞かせてくれました。

 その二号さん一家と、離婚後豹変した父との共同生活は、大学卒業まで続き、その後、いわばいびり出されるように東京に逃出したわたしなのでした。

 父にとって、わたしは目の上のこぶ。。というか、早く出ていって欲しかったみたいで、言葉で「出ていけ」の変わりに、「あいつを、どんどんいびってやれ。あいつ(わたしのこと)は、いじめられて伸びるやつだからな」と、愛人をけしかけている声が、ひそひそと、わたしの耳にまで聞えてました。

 ・・・というか、聞えるように話していたのか。。。。

 父の思惑どおり、父と愛人との猛烈ないびりに、堪えきれなくなっての上京。。。

 この父に、家族は翻弄されていました。

 自己本位で、まったく周囲の空気が読めず(読もうとしない)、突発的な行動が際だっていたので、そんな父ににつきあわされたわたしたちは、みなくたくた状態・・・。

 両親が別れてくれた時、「これでやっと静かに暮らせる」とむしろほっとしました。まさかその半年後、今度は16しか離れていない愛人一家との暮らしが始ろうとは、想像していませんでしたけどね。

 横溝正史の代表的な作品で「犬神家の一族」「八つ墓村」という、おどろおどろしい怪奇推理小説がありますよね。これを読んだ時に、どこか親近感を覚えてしまったというのは、殺人が次々と実行されていく背後にあるものに、共鳴するものを感じてしまったせいかもしれません。

 映画に出てくる、山深い秘境の村も、父が育った村と雰囲気がそっくりでした。

 わたしが中学生の頃に、両親を本気で殺そうと思い、包丁をずりずりと研いでいた時の感覚は爽快で、まず母から顔のどまんなかに包丁を突き刺し、次に父の脳天に包丁を突き刺そうと想像しただけで、自然に笑みがこぼれてきました。

 結局、この計画は実行されることはありませんでした・・・・。

 その父はおととしに亡くなり、母も後を追うように、その一ヶ月後亡くなりました。

みんなの読んで良かった!