名前のない喫茶店 ~南雲さんの自分らしさ~

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後編: 名前のない喫茶店 ~北本さんのワクワク~

南雲さんは、珍しく席を立とうとしなかった。

いつもならコーヒーを飲んで背伸びをした後、さっさと準備をして、中さんに一声かけて、颯爽とドアを開け、仕事に戻るはずだった。

でも、今日はそんな気分にはなれなかった。今日はなりたい自分になれない。雨のせいか、とも思ったが、違う気がした。何かが気になっているのだ。

取り立てて問題はなかった。

仕事も順調だし、待遇にも不満はない。忙しいけれど、何より楽しい。休日には、いつも何かしら予定があって、友達もたくさんいる方だと思う。1年ほど付き合っている彼氏にも、取り立てて文句はなかった。最近始めたヨガにもはまりつつある。

どこを見渡しても、自分が何か欠けているようには見えなかった。彼女は窓から雨の空の向こうを見ようと目を細めた。今日は一日雨のようだった。


「コーヒーお代わりする?」

中さんがポットを持ってやってきた。

「中さん、ありがと、おねがーい」

南雲さんはいつもの笑顔で返したつもりだったが、それは自分でも少しぎこちない気がした。

「今日はずっと雨だね」

「そうなのよ。お仕事はいつも通りなのに、天気は勝手なものね」

「今日も忙しいの」

「これからがシーズンなのよねー。新入社員のマナー研修やら、新しい管理職の評価方法やらね。出張も多くなるわ」

「みんな新生活なんだね」

「あ、中さん?」

「うん」

「私ってもう一人前の社会人かしらね」

「そうだと思うよ。誰が見ても、肩で風切るキャリアウーマンって感じさ」

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