第1話 断れない日本人の私

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2012年4月、名古屋近郊の愛知県春日井市に住んでいた私は、カウチサーフィン(CS)に登録した。CSは、泊まりたい人と泊められる人が出会うコミュニティだ。金銭は介在しない。自分がどんな人物か、これから出会う人とどんなことを分かち合いたいか、などを書いて写真をアップしたら準備は完了する。

登録後数日して、2件のリクエストが来た。一件は韓国のビョンソンから、もう一件はオーストラリアのエディからだった。二人とも、4月下旬の同じ日を希望している。初めてのリクエストだから嬉しくて、どちらかを断るということができなかった。ビョンソンは一泊、エディは二泊だ。「初日二人になるけど、君たち仲良くできる?」深く考えずに二人まとめて泊めることにしたのが事件の始まりだった。

エディとは名駅で待ち合わせ、しばし会話した。

「じつはね、僕の妻は韓国人なんだ。だからビョンソンに会えるのがとても楽しみなんだ。ほら、オーストラリアからワインを持ってきたから、今夜3人で飲もうよ」エディはもう酔っ払ってるのかというくらい上機嫌で、カンガルーの絵のついたボトルをかばんから出すと、軽く振ってみせた。

大須に行くというエディと「夜10時半、大曽根駅でまた会おう」と約束して別れ、私は中部国際空港までビョンソンを迎えに行った。ビョンソンとは空港の近くにある焼き物のまち、常滑を散策した。高台から見る夕暮れの空と海はとてもきれいだった。

その後、ビョンソンは日本人の友達との飲み会へ向かった。「10時半に大曽根に来てね」と伝えたはずだった。エディとビョンソンと3人で、私の家に向かうつもりで。

10時半、JR大曽根駅の名城線乗換え口に、エディは立っていた。10時45分、ビョンソンは来ない。エディはちょっと疲れた様子だ。ビョンソンは来るのだろうか。不安になってきた。慣れない日本で道に迷っていないだろうか。にしてもエディを巻き込んでしまっていることが申し訳ない。

「エディ、ごめんね。よかったら先に帰っててくれる?」10時50分、私は悩んだ末、自分が持っていた家の鍵をエディに渡し、春日井駅から家までの道を簡単に説明し、先に帰るよう促した。…会ったばかりの人になんで自分ちの鍵渡してるんだよ!自分にツッコミ入れながら。

エディが乗った電車を見送ると、電話が鳴った。知らない番号だけど、とりあえず出てみる。

「あのー、通りすがりの韓国人の方からこちらに電話するようにと頼まれたんですけど…」

知らない女の人の声の後、ビョンソンが話し始めた。「飲んでたら時間過ぎてるの忘れちゃって…いまから行きまーす」

心配して損した。待って損した。こんなおばかちゃんのために。しかもこいつ、通りすがりの人にまで迷惑かけて!

「もう、待たないから!来れるもんなら自力で来て!」私は一方的に電話を切り、電車に飛び乗った。漫喫でも路上でもどこでも寝ればいいと思った。

ところがビョンソンの図々しさ、いや、サバイバル能力は私の予想をはるかに超えていた。


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