第2話 そしてスリッパが残った
家に帰ると、1時近かった。エディは寝ていたが、鍵を持っていない私のためにオートロックを解除してくれた。起こしてしまったことを詫びると、私が一人なのを見て「会えなかったの?」と拍子抜けしたようだった。エディがお土産に持ってきたワインは栓を抜かれることなく、テーブルの上で所在無げにしていた。
私は軽くシャワーを浴びると、髪を乾かすのも忘れてベッドに倒れ込んだ。エディもリビングのソファーベッドで寝息を立てていた。
一筋縄でいかないもんだなあ。仕方ない。しょせん他人だもの。期待しすぎた私がバカだったんだ…意識が遠のいていき、旅人がスーツケースをカラカラ言わせながらこちらへ向かってくる夢を見た。ああ、私は夢の中でも旅人が気になるのね…
スーツケースのカラカラ音が半端なく近づいてきた。
え? 夢じゃない?
弾かれたように飛び起きた。部屋の窓を開け、通りを見下ろすと、遠くのカラカラ音は歩道のデコボコを拾ってガラゴロ音に変わり、今まさに我が家の真下に差し掛かりつつあった。
もしや!私はパジャマ姿のまま飛び出した。エレベーターを待つのももどかしく、階段を駆け下りた。
「ビョンソン!」建物の入り口にはスーツケースをひきずってヨレヨレになった奴がいた。「どうやってここまで?」押し寄せる罪悪感。置き去りにされ、飼い主を探してボロボロになってたどり着いた子犬を抱き上げるかのように、私はビョンソンの両手を私の両手で握りしめていた。「ごめんね。おいてけぼりにして。よくここまで来たね!」感動!これがカウチサーフィンの醍醐味なんだ。今日は最高の一日じゃないか!
「あのー、もういいですか?」ふと我に返るとビョンソンの後ろに女の人がいた。春日井駅で助けを求められ、近所なのでここまで連れてきたという。
…だめんず。ビョンソンは断られそうにない優しそうな女の人ばかりを選んで助けを求めてきたのだ。鈍感な私もさすがに理解した。危うく私もだめんずに騙されるところだったじゃねーか!!!
ビョンソンをここまで連れてきてくれた女性に丁重に礼を言った。ほんとありがとうというか、すみませんでした。申し訳ありませんでした。見ず知らずの今日知り合った関係だなんて絶対に言えなかった。そんなこと言ったら普通、どんな優しい人でも怒るよね?!
「行くよ!」私は自分の両頬を両手のひらでパパンと叩き、気を取り直して奴を連れて部屋に戻った。
エディが寝てるのにガサガサガサガサ、傍若無人に荷物を開けるビョンソン。暗闇の中、エディは起きてしまったようで何度も寝返りを打っている。静かにしろと小声で注意しながら何気なく聞いてみた。「で、明日何時に起きるの?」
「7時にここを出たい」
はっ?!いまもう2時近くだよ?じゃ、もう荷物なんて開けないで早く寝なよ。私は体力の限界。英語喋るのも疲れた。もう好きにしてくれとベッドルームに戻った。
そしたら本当に好きにしていいと思ったようで、ビョンソンはシャワーを浴び始めた。おまけに長風呂。静かな春日井の夜に水の音が響きわたった。ご近所さんごめんなさい…ごめんなさい…心の中で謝りながら、私は眠りに落ちた。
翌朝、ビョンソンは予定通り7時にここを出て行った。私は不機嫌な表情のエディと気まずい雰囲気でトーストをかじった。
朝食後しばらくしてトイレに行ったら、スリッパがなかった。「エディ、トイレのスリッパどこ?」「知らないよ!ビョンソンじゃないの?」
玄関の上がり口に、トイレのスリッパがきれいに揃えて置かれていた。
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