16父が母と結婚するためにおじいちゃんに交渉に行った話【息子たちに 広升勲(デジタル版)】

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この話は、わたくしの父が1980年に自費出版で、自分と兄の二人に書いた本です。

五反田で起業し、36で書いた本を読んで育った、息子が奇しくも36歳に、

五反田にオフィスを構えるfreeeの本を書かせていただくという、偶然に五反田つながり 笑

そして、息子にもまた子供ができて、色々なものを伝えていければいいなと思っています。 息子 健生

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おじいちゃんとの出逢い


ここで、父さんが健二郎おじいチャン、約百子オパアチャンに逢ったとき、母ちゃんが、徳実おじいチャン、君子オバアチャンに初めて逢った時のことをおしえよう。

父さんと母ちゃんは、二人だけでは「結婚しようね」と決めていた。

母ちゃんは、柏崎のオバアチャン達に三月の末頃から「好きな人がいるから結婚したい」と話をしていたのだが、

一、長男で養子になれそうにない。


二、年齢の差がありすぎる。


三、みんなの会職員という職業が不安定すぎる。

などの理由で反対されていた。

五十年四月十三日。

都おばちゃんの学芸大学入学式に出席のため、健二郎おじいちゃんと約百子おばあちゃんが東京に来たんだ。

父さんは会って欲しいと言った。

「母さん達ね、養子になってくれるなら逢ってもいいっていってるわよ」

「養子になるという条件では逢えないよ」と父さんはいった。

そうはいいながらも、結局は逢うことになり、おじいちゃんたちが汽車に乗る一時間前に上野駅の改札口で逢った。

おじいちゃん達のおみやげには、お茶がいいと母ちゃんがおしえてくれたので、父さんは東京駅の地下街で五千円のお茶を買って行った。

改札口の所で自己紹介を済ませ、大きな紙袋に入れたお茶の包みをプレゼントしたら、おじいちゃんも紙の袋に入れている、お茶の箱よりすこし小さいズッシリと重いものをプレゼントして下さった。それは越後名産の塩辛のセットであった。

ともかくひとやすみしようと改札を出て四人は歩き出した。

おばあちゃんと母ちゃんが前を、その後ろを、おじいちゃんと父さんが並んで歩いた。おばあちゃんは黒っぽい和服、おじいちゃんはグレーの背広姿だった。

並んで歩いているときも、おじいちゃんはまぶしそうな、やさしい顔をして何も話をされないので父さんの方から喋った。

「美津子さんも正樹さんも体格のいい人だからお父さんもすごーく大きい人かと思っていました」

と言うと相変らずニコニコ笑っておられた。

喫茶店聚楽(じゅらく)に入った。

コーヒーやティーが運ばれ、飲んだ。四人は互いに意識しすぎて、ギコチない時が流れた。おばあちゃんと母ちゃんは、夏服がどうの近所のおばさんがどうしたの、同級生の○○チャンが元気だとか、よく喋った。でも二人とも父さんを意識しているのでその話がうわのそらであることはよくわかった。

しばらくして、おばあちゃんは、

「帰りのみやげに、アメ横に行ってアメを買って行こうかね」といい出した。

おじいちゃんはそんな話を全部黙ってきいていた。

「アメ横というのは、戦後アメリカ物質が沢山売られていたからアメリカ横丁というところからアメ横といわれるようになったのでアメ屋が沢山ある訳じゃあないですよ」と父さんはいった。

ようするに、おばあちゃんと母ちゃんは、間を持たせるために、まったく関係のない話をしているにすぎなかったのである。

関係のない話がしばらく続いた。

母ちゃんはいっこうに本題を切り出そうとしない、父さんは母ちゃんのひざをつついたり二、三度めくばせをして、うながせたが、母ちゃんはむしろ父さんの話したい気持を静止させようとさえした。

しばらくがまんをしていたが、もしこのままで別れたのでは、大事なことを言いそびれると思い、意を決して、父さんはいった。

「美津子さん、今日は折角の時間ですから、お父さん達に私の気持をお話させて下さい」と…。

母ちゃんは照れながら、

「父さん、広升さんの話きいて」といった。

父さんはわりあい落ちついていた。そして、生まれてはじめてのせりふを口にした。

「美津子さんとは四年も前からの知り合いで人柄もよく知っており、彼女の性格は前から好きでした。養女になっておられることも知っています。私も長男で養子にはなれませんが、二人は愛し合っています。養子にならなくても、親孝行ないい息子になります。私を息子にして下さい」

とはっきりと話した。

おじいちゃんは相変らずの温和な顔をくずさず「家に帰りましてよく相談をしてご返事します」と言葉すくなにいわれた。

「私達の子どもですども、私の姉に養女として出した娘でして、美津子には品田家を継ぐ責任がありまして、私達としては何とも申しあげられませんが、養子になっていただかなければ駄目だと思います」

おばあちゃんの顔や言葉はとてもやさしかったが、話の本筋ではキッパリと“養子でなければ駄目だ”といわれた。

それから短い時間ではあったが、父さん自身が養子になることに抵抗があること、長男であること、養子にならなくても、並の養子以上に親孝行をすることなどなど説明した。

丁度、二月十五日、母ちゃんに、

「ボクを亭主にしろよ、お嫁になれよ幸福だぞ」と口説いた時と同じように、こんどはおじいちゃん達に「親孝行ないい息子になります。どうか息子にして下さい」と何度も、おねがいをした。

もちろん、その場では、娘をあげましょうなどとはいわれない、これからあとが波高し、風強しとなってゆくのだ。

上野駅ホームでおじいちゃん達を見送った。たった一時間ほど話をしただけの関係なのに父さんは手を振っておじいちゃんたちを見送った。それほどなごやかなムードだった。

駅の階段をおりながら、母ちゃんは、

「お母さんは私に、養子にならない人との結婚は絶対に駄目だからね、っていったわ」

とおしえてくれた。

「…………」

…………。

「よーし、今日から二人の仲を公開しよう」

「エエいいわ」

おじいちゃん達に、父さんの気持を伝えてから急に気持が楽になった。たとえどんなに反対されても二人は結婚したい、その気持はかわらなかった。

それまで二人のことは、職員の川村さん、勇者の園の入園者坂元和夫さんにしか話していなかった。それを公開することにした。



養子にならねば

「広升さんと結婚したいの、逢って欲しいの」とおばあちゃんにいうと、

「養子にならなければ結婚できないよ、逢うのはいいけれど結婚はゆるせないよ」とヨブ子おぱあちゃん。

そうは言いながらも、結局父さんにあってくれることになって、朝から父さんに電話連絡。十円玉がなくなると、百円玉をいれて、飲みたくもないコーラやファンタを買い三十円のおつりで父さんに電話。

苦労したの。

四人で喫茶店に入ったけど何を話したらよいのか話題がない。それでいて本論をきり出せず、母ちゃんはあせってしまう。父さんは見かねてズパリ本論をきり出してくれたの。サスガと思ったわ。

上野駅のホームをあるきながら、母ちゃんは、おばあちゃんに、

「どう」とそっときいたの。

「よさそうな人だね。でも美津子は後継ぎなんだから嫁には絶対行っちゃ駄目なんだよ」と念をおされたの。



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