『思考は現実化する』が本当かを突き詰めるため、仕事にも出ずに9年も真理探求をした結果、、、、『信じる力』が生まれ、神秘体験が繰り返されるようになった話 vol.9 (こんな事を続けていていいのか、、)

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前編: 『思考は現実化する』が本当かを突き詰めるため、仕事にも出ずに9年も真理探求をした結果、、、、『信じる力』が生まれ、神秘体験が繰り返されるようになった話 vol.8
後編: 『思考は現実化する』が本当かを突き詰めるため、仕事にも出ずに9年も真理探求をした結果、、、、『信じる力』が生まれ、神秘体験が繰り返されるようになった話 vol.10 ~繰り返される神秘体験~

こんな事を続けていていいのだろうか、、、(疑いが晴れない)

『色々な事を実際に自分で試す!』事に情熱を傾けた結果、自分でもビックリするほどの成果が得られた。

「ま、マジかよ?」と思うようなことが何度も起こった。

しかしながら、自分の心はまだ全然晴れてはいなかった、、、


「確かにこれまでの出来事は偶然ではないかもしれない。しかし、、、」

自分の中では、不安や懐疑が渦巻いていた

自分の描いたイメージが実現したことは多いが、確実に全てがそうなるということではなかったのだ。



「目の前の世界を、全て思い通りにまではできない、、、」

この事実は当時の自分を焦らせた

今ではこの事実こそが素晴らしいことだと思っているが、当時は『思考を実現化すること』にしか目は向いていなかった(^_^;)


真理がわかれば死んでもいい!!

頭のなかで色々な思いが交錯していた。


・何年も何年もずっと探求していながら、未だに『思考は現実化する』という決定的な証拠を得ていない、、

・そのままズルズルと探求を続けていてもいいのだろうか?

・逆に言えば、それだけハッキリと答えがほしい!との想いで始めたのだから、徹底的に答えを追求するべきだ!

・いやでも、時間的なリミットはつけるべきでは?経済的な問題もあるし、、


ちなみに、9年間仕事に出ずに真理探求をしていたと言うのは、その間、私が引きこもりだったと勘違いしていた人がいたのでこの場を借りて少し説明したい。

自分はかなり社交的な性格であり、この間、バスケットボールを持って適当な体育館に行っていきなり初対面のチームの人に練習に入れてもらったり、バドミントンラケットを持って同じようなことをしたり、世界の暮らしを見てみたいと、ヨーロッパ、アジア、南米、オセアニアなどを飛び回っていたりしていた。

子供が出来てからは、子育て、真理探求、バスケ、料理などをしていた。

取り敢えず、色々と自分で試してみたいことがたくさんあったのだ。

 

話を戻すと、自分の中で答えを求める想いは物凄く高まり、終には


『答えを知ることができれば死んでもいい!』

と心から思うようにまでなった。

この時には、既に現実世界と呼ばれるものよりも、心の世界のほうが自分の中では優先されるようになっていたからだ。


また、『死んでもいい!』なんて自暴自棄に聞こえるかもしれないが、実は自分の中ではまるっきりそんなわけではなかった。

『死』は自分の存在が無くなるという事ではなく、体としての活動を終えるだけで、体を持たない状態に戻ることだくらいに捉えていたのだ。

 

そして現実世界での生活の中で、沢山の葛藤を持ちながらも、狂おしい探究心で、活動を続けることになる。

そう、それほどまでに強い葛藤はその後さらに2年も続いたのだ、、、

みんなの読んで良かった!