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14/12/22

アメリカの大学を辞め、20歳の青年がたった4万円で東京にやって来て、どん底から這い上がっていく話② 突然の出来事

Image by Olia Gozha


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「孫さんにもできたんだ。。。」


「良磨にもできるよ!!!」


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この言葉をもらってから、2ヶ月が経とうとしていた。



2012年の12月。


灯った何かは、少しずつ大きくなっていた。



と同時に、意識がガラッと変わった。


というか、これだけで見える世界が一気に変わってしまった。



意識というのは実に面白い。


意識が変わるだけで見える世界は変わってしまう。



意識が変わるということは必然的に思考や考え方も変わる。


思考や考え方が変わると、目につくものも変わる。



大げさかもしれないが、まるで人生が変わったような感覚になる。


たった、これだけで。





ドンドン人にも会いに行った。


その内の1人に武さんがいる。


この人は後ほどちょこちょこ出てきます。笑





たまに誰が噂したのか、会いたいと言ってくれる人も増えた。


今から考えると、この時の出逢いの数々は未だに繋がってるし、自分の人生に今後大きく作用していく。



そう考えると、人との出逢いっていうのは分からないものだ。


ご縁とかってよく言うけれど、本当にその人の人生にどう影響を与えるか分からない。




今やってることもそう。


結局、何がどう繋がるのかって分かってなくても、


意味がないように思えても、


後になって振り返ってみると、あれがターニングポイントだったということもある。







そして、


新たな夢が出来た。





「世界最協の寄付財団を創る」


「世界をより良く変える」





この目的は世の中の「問題」と言われてるものを解決する方法って何かって考えた時に思いついた。


これだけじゃ分かりにくいかもしれないけど、イメージはこんな感じ。




これは自分の価値観だけど、


目指すものっていうのは、人に笑われるのは当たり前で、


それどころか自分がちょっと笑っちゃうくらいが、ちょうどいいんだと思う。





自分の人生のスタンダードは、自分が決めるスタンダードで決まる。






「じゃあ、どこを常にスタンダードに置いておくのか?」




これって初心を忘れない、大事な意識だと思う。







俺はドンドン一歩一歩踏み出していこうと思った。



1つの懸念と一緒に。。。








そんなこんなで2012年12月末。


俺は1月5日にはアメリカの大学へ出発しないといけなかったので、その支度をしながら、年始を迎えた。








しかし、






それは突然起こった。









元旦に、


母親が倒れたのだ。





アメリカ出発4日前の出来事。



病院に運ばれたと聞く。


というのも、俺はその時、父親の方の実家である奈良にいたから、電話でその知らせを聞いた。





病院へ行った。





そしたら、


いつもの笑顔が待っていた。


嬉しそうに笑っている。




「大丈夫?」

「大丈夫、気いつけて行ってきいや」



他人からも言われることが多々あるが、


母はマザーテレサみたいな人だ。




そして、


太陽のような明るい笑顔を持っている。





今までのことが走馬灯のように頭の中を巡った。




両親は俺が小学1年生の時に離婚していている。


俺は母方へ。





両親は仕事の関係もあって、


離婚してからの方が仲が良いという他人から不思議がられる家族関係だが、


ずっとシングルマザーで育ててくれた。



そして、アメリカ留学までさせてくれた。


思春期の時はよくぶつかったけど、


いつも文句を言いながらも、1番応援してくれてたのは母。


バスケの夢を諦めた時、1番申し訳なかったのは母の期待に応えられなかったことだった。






そして、


アメリカの大学へと出発しなければならない時が来た。。。




不安を残して、アメリカへ。

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