【私の思い出たち】〔第六話〕

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説得工作

 私は昔,相当なヘヴィースモーカーだった。多い時は,日に50本以上喫うこともあったぐらいだ。パイプもくゆらせていたし,紙巻き機を使って自分でタバコを巻いてもいた。葉巻も楽しんでいた。禁煙しようと努力したこともあったが,いつも失敗していた。もう一生,禁煙はできないと思い込んでいた。

 15年前の1月4日のことだった。当時指導していた吹奏楽部の6年生11名が,練習を終えても帰宅せず真面目な顔をして職員室にやってきた。横1列に並び,私の顔をまっすぐに見ていた。おもむろに部長がこう言った。


「先生,お願いがあります。いますぐ,たばこを止めてください!私たち全員で話し合ったんです。先生の体が心配です。」


 私は有難かったが,できるわけはないと思った。だから,


「ありがとう。でも,無理だと思うよ。」

と言った。すると今度は副部長が,


「もうすぐ私たちは卒業です。だから余計に心配なんです」

と大きな声で言った。

 その迫力に気圧されて,私は


「わ,分かった。じゃあ,今晩から止め…」

と言いかけた。するとすかさず部長が,


「だめです。今すぐ,私たちの見ている前で,止めて下さい!」

と,必死な形相で,私の顔をにらみつけながら言ったのだ。


 私は言葉を失った。こんなに大事に思ってくれるのか。嬉しかった。私は喫っていたタバコをもみ消して,


「分かりました。もう喫いません。ありがとうございます。」

と言った。


 それ以来,今日に至るまで,タバコは喫っていない。

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