【襟裳の森の物語】第五夜

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〔合唱組曲『襟裳の森の物語』第三章〕

 第三章は,ピアノの独奏で始まった。非常に繊細で物悲しいそのメロディーは,前章の悲劇がさらに拡大してしまったことを暗示しているようだった。途中で何度も止まろうとするピアノは,そこにはもう生命の輝きを見出すことができない絶望感を表現していた。客席からは咳はおろか,物音一つ聞こえてこなかった。皆,身じろぎもしないで聴き入っていた。まるで大ホール自身が,呼吸も止めてしまったかのようだった。

 ピアノが前奏を終え,合唱を導き出すための一音を,激しく叩きだす。四分の四拍子の一拍目をピアノに任せた合唱団は,満を持して二拍目から登場した。


  第3章『山が死ぬ』

    山が死ぬ 山が死ぬ 灰色の山が死んでゆく

    木も草も 雑草さえ生えぬ 襟裳の大地が 死んでゆく

    雨が降る 風が吹く 川は溢れ濁流となって 海に海になだれこむ

    やがて海も 息絶える

    人は去る 息絶えた海に 枯れ果てた山に

    人は背を向けて 襟裳の砂漠を 捨てる

    山が死ぬ 山が死ぬ 灰色の山が死んでゆく

    木も草も 雑草さえ生えぬ 襟裳の大地が 死んでゆく 死んでゆく


 最後の音は,地の底に導かれていくように低く,暗く,消え入りそうなものだった。合唱の終わりは生命の終焉を表しているかのようだった。鎮痛に沈む大ホール。歌っている私からも,客席で涙を流す人をたくさん認めることができた。

 会場には学齢期以前の幼児もたくさんいたのだが,子どもたちでさえ,ほんの一言も発することはなかった。合唱団にも疲労の色が見え始める。絶望を人に伝えるのは,希望を語るときと比べて何倍もエネルギーを要するのだ。

 その頃緑色の衣裳に身を包んだ小さな一団が,次章に備えてステージの袖に立っていた。

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【襟裳の森の物語】第六夜

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