挫折した映画青年と、社会から疎外された少女の、再生の物語
このような感じでスタートした僕とエミちゃんの関係。
初対面のことを考えると意外に思えるが、僕とエミちゃんは本当にウマが合った。
というのも実は僕は中学に上がるときに神奈川から関西に引っ越してきていて、エミちゃんは去年千葉からこっちに引っ越してきたのだ。僕が周りで唯一の標準語話者というのと、関東から関西に越してきた者としての苦労など、それ以外でも何かと共通の話題が多かった。エミちゃんの周りに対する愛想の悪さはなかなかのものだったが、そういう事情もあって僕だけにはなついてきたのであった。
エミちゃんが入ってから3ヶ月近く。季節は秋になろうとしていた。
この時期になるとコンビニ各社は一斉におでんの販売を始める。
うちの店も例によっておでんをやることになった。
うちはおでんの売上には全く興味がなく、店全体としても積極的なセールスは展開していなかった。おでんは利益率がかなりよい商品ではあるものの、一人あたりの接客時間が長くなる傾向ありトータルで見るとそこまでオイシイ商品ではないのだ。だがあまりにもセールスをしない上に売上も悪いため本部から指導が入り、今年は売上の大幅アップを命じられた。
本部から指導された売上げアップの方法というのが「積極的なセールストークの展開」というもので、30秒に1回は店内で「ただいまおでんのセールスを実施いたしております。おひとついかがでしょうか」と言えとのことだった。
ただ僕は「セールストーク」というのが本当に嫌いで、この行為に意味を全く感じれなかった。だいたい店員が「おでんいかがですか?」と聞いてきたところで、「おっ! 薦めてくるのなら買おう!」となるお客さんが一体どれだけいるというのか? 10分に1回程度ならわかるが、30秒に1回もセールストークをされたら逆に購買意欲がなくなってしまうものではないだろうか。
本部から覆面調査員が送られてくるので仕方なく指導通りのセールストークをするものの、心では「こんなことやっててなんの意味があるんだろう・・・」と思っていた。
大学の長い夏休みも終わり、授業も後期に入った。
僕が受講していたとある授業で新たに原稿用紙60枚分の短編小説を書く課題が与えられた。
そこで僕は短編を書くためのネタ探しとして今まで書きためてたノートをなんとなく読み返した。
「(あぁ、こんなようなSF映画のアイデアあったな)」
「(そういえば入学式の時、藤田のやつこんなことも言ってたっけ)」
「(居酒屋のバイト、店長の山崎さん、本当に絵に描いたような嫌な店長だったな)
僕のノートは半ば日記のような側面もあったので、読み返すと色々な感情が蘇える。
「○月□日 70歳近いおばあさんが酒を買う。間違えて『女性・10代』のボタンを押してしまい、エラー発生。事情を話し、もう一度バーコードを読み取る。事情を話すと『私が女子高生か何かだと思ったってこと?(笑)』と、おばあさん上機嫌」
バイトを始めてからのノートだ。
「50歳ぐらいのおばさん、酒を買う。ノリが良さそうだったので『未成年の方にお酒はお売りできません』と言ってみる。ウケた」
「おばあさん、また酒を買いに来た。ので、また未成年にはお売りできませんネタをやった。ウケた」
「60ぐらいのおばさんに話しかけられた。また『孫に似てる』と言われた。俺は色んな人から孫に似てると言われるな・・・」
自分自身しょうもないことをやっていたんだなと思いながらノートをめくっていった。
ノートを読んでいると、自分は比較的高齢な女性と勤務中にやりとりしていることが分かった。感覚的には高齢女性からのウケはいいような気はしていたが、こうして記録としてみるとハッキリと分かる。
・・・その瞬間僕はなんだか違和感を感じた。
違和感と言っても別に悪いものでもない。
今度はエミちゃんについて書かれているページになった。
「○月×日 エミちゃん、またおっさんに絡まれる。指輪してる既婚のいい年したおっさんが、自分の娘とも変わらない女の子に絡んでみっともない」
「□月△日 おじさんがエミちゃんの年齢聞いてた。『うちの娘と同じぐらいか』とかいって延々よくわからない話を続ける」
「A月B日 エミちゃん、上機嫌。おっさんに絡まれるも珍しくノリよく返し、おでんを2000円分も買わせることに成功。あの女、悪女」
エミちゃんが男性客から人気があるのは明らかであったが、自分の感覚としてはもっと若い年齢層から人気があるものと思っていた。いや、実際には若い年齢層から人気があるんだろう。しかし絡んでくるのは圧倒的に年齢層高めのおじさんだ。年齢層高め、40代後半から60代前半ぐらいの、娘がそれなりに大きくなっていそうな既婚のおじさん。勝手な妄想だが、恐らくは家庭内で娘に嫌われて口を聞いてもらえないんだろう。
この時期になるとさすがに普段は愛想の悪いエミちゃんもお客さんに対してはそれなりに接客できるようになっていた。普段愛想が悪いくせに笑い上戸、その上笑った顔に屈託がなく猛烈に子供っぽいため、そこら辺のギャップがおじさんたちの心をくすぐってしまうのだと思う。だからおじさんたちは隙あらば絡もうとしてくる。
でも実際、エミちゃんと絡んだ後のおじさんたちはみな幸せそうだし、エミちゃんが「今○○のキャンペーンやってるんで、一つ買ってもらえませんか?」と勧めると、ホクホク顔で買っていった。普段はあまり認識していなかったが、日記でデータとして見ると改めてそういうことが分かった。
次の日、バイトに行った。
その日はエミちゃんが休みで、僕と代わりのスタッフが夕方のシフトに入っていた。
するととあるお客さんからおでんを指さしながら「うどんひとつ」と言われた。
知らない人も多いと思うが、コンビニはおでんのメニューの1つとしてうどんやラーメンをやっている。冷蔵庫で保管している麺を電子レンジで温め、それをおでんのつゆに入れて食べるのだ。
うどんの担当はエミちゃんだったのだが、その日は休みということで初めて僕が作ることとなった。
お客さんにうどんを提供した後、
「(そういえば、うどんって食べたことなかったな)」
僕は試しに1つ食べてみることにした。
・・・その瞬間、僕の全身に衝撃が走った。
うどんが美味しかったのはもちろんだが、衝撃が走ったのはうどんがおいしいということ自体ではない。うどんを使ったおでんの新しいセールスの戦略を思いついたのだ。
僕はずっとおでんの売上を上げる方法を考えていた。だが、うどんを食べて思ったのが、おでんの売上自体を上げようとするのは無理だということだ。
僕の働いていたコンビニは、大通り沿いに面したところでありながら近所に団地もあったことから客層は新規が50%、近隣に住むお客さんが50%であった。大通りに面しているだけあって新規のお客さんはトラック運転手やタクシー運転手がメイン。近隣のお客さんはファミリーで来ることが多い。おでんのメインターゲットは一人暮らしをしている男性なので、おでんを売り込もうと思っても需要と供給が合致しない。そんな条件の下でおでんを売り込もうというのはどだい無理な話だし、割にあわないのだ。
だからこそ別の角度から売り込みに行かなくてはいけない。
そこで僕が思いついたのは、まずはうどんをメインに売り込みをかけるということだ。
コンビニでおでんの販売が開始されてからもう数年が経過している。そんな状況で「おでんいかがですか?」とセールスをかけたところで誰も見向きもしない。だがいきなり「おでんの具の1つとして、うどんを始めました。おひとついかがですか?」と言われたらどうだろう。買う買わないは別として「えっ? おでんの具で『うどん』ってどういうこと?」と思うだろう。うどんの知名度の低さを逆手に取るのだ。
この戦略は僕が映画祭で賞を勝ち取ってきたのと全く同じノウハウだ。みんなと同じようなことをしたって意味が無い。他の人と違うことをすれば、少ない労力で最大の効果を発揮する。
またターゲットを絞るというのも今回僕が考えた戦略の主軸だ。
日々の出来事を記録したノートを振り返ると、僕は高齢女性を得意とし、エミちゃんは既婚男性を得意としていることが分かった。だからこそ、これからは自分が得意な客層にしか売り込みをかけないのだ。自分が不得意な客層に売り込みをかけても売上につながらず、ただ自信を喪失するだけだ。だが自分の得意な客層だけに売り込みをかければよくモノが売れるし自信につながる。なによりもターゲットを絞ることで「どういうセールスをすれば買ってもらえるのか」というのが分かりやすくなる。これがもし色んな客層にセールスをかけていると、何が原因でモノが売れないのか容易には判断できず、どうしていいか分からなくなる。
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