挫折した映画青年と、社会から疎外された少女の、再生の物語

4 / 4 ページ

このターゲットを絞り込むという戦略にはもうひとつ狙いがあって、僕には「人が一番モノを欲しくなるのは、他人がそのモノで楽しそうにしている姿を見た時である」という持論があって、これを僕はカップヌードル理論と呼んでいる。カップヌードルを食べたくなるのは人が食べてる姿を見た時や、その匂いを嗅いだ時ではないだろうか。それをこのうどんのセールスに応用するのである。まずは買ってくれそうなところに確実に買ってもらって、その姿を周りに見せることにより「あっ、あの人おでんの具の1つのうどん食べてる。・・・私も食べてみようかな」と思わせるのだ。


これも映画で学んだ戦略だ。自分のやりたいこととやれること、そして受け手が一直線上に並ぶことは非常に稀だ。まずは自分のできることを確実にこなし、それを求める相手に的確に提供する。


高校で昼休みに映画の学内上映をしたときもそうであったが、僕の映画は評判を得ていたものの次にある授業の兼ね合いなどで人が入ったり入らなかったりする。これが面白いもので、観客があまり入っていないと、あとから来る観客も「うわっ、観客少な・・・ 映画つまんないのかな・・・ やっぱ観るのやめよう」と帰ってしまうのだ。だが観客がある程度入っていると「えっ、これだけ人が入っているということは映画面白いのかな。よし、入ってみよう!」といって連鎖的に客が入ってくるのだ。


ただこのターゲット絞り込み戦略、最大のネックであり、要であるのがエミちゃんであった。僕のメイン層である高齢女性は、たとえ僕がどれだけうまくセールストークを展開したところで1回買ってもらうのが限界だ。次につながらない。だが、エミちゃんのメイン層である既婚男性はうまいことやれば無限のように次に繋げることができる。


そこでどうするか。


初めてうどんを食べ、その戦略を思いついた日。その日はシフトを上がると一目散に家に帰り、自分の部屋に着くなり慌ててパソコンを起動させると、その傍らでペンを手に取り紙に自分の思いつくままありったけのアイデアを書きなぐっていった。


アイデアを書きなぐると今度はパソコンで再構成し、自分のやりたいことを企画書にした。






次の日、バイト先に着くなり、ちょうど制服に袖を通そうとしていたエミちゃんに詰め寄った。


「エミちゃん!! 今日話したいことがあるから、バイト上がったらファミレス行こう!!」


興奮のあまり一睡もできず、目が完全に血走った上に、会うなり猛烈な勢いで詰め寄ってくる僕にエミちゃんは完全に怯えきっていた。ただガクガクと首を縦に振っていた。


その日バイトを上がるとまだ怯えているエミちゃんをファミレスまで連れて行き、席に着くか着かないかないかのタイミングで僕は猛烈な勢いで例の戦略について語り始めた。


「エミちゃん、俺、おでんの売上をあげるためにこういうことを考えてて-」


ファミレスに着くなりマシンガンのようにおでんのセールスについて語りだす僕にエミちゃんは初め全く状況がつかめていなかった。だが次第に僕の考えが分かってくると興奮の面持ちで僕の話を聞くようになった。


「このターゲット絞り込み戦略なんだけど、正直言って俺の方の高齢女性メインっていうのはセールスに限界がある。勝算があるとすればエミちゃんの担当する既婚男性なんだよ」


「どういうこと?」


「結婚してる男、特にオッサンってのは若い子と喋りたくてしょうがないんだよ。だからそこら辺をうまく狙うんだよ。男、特にオッサンってのは若い子が一度自分に気のある態度を見せるともう夢中になっちゃうわけ。そこのギリギリのラインを狙いつつ、うどんのセールスをするの。うどんを買えばエミちゃんとちょっと喋ることができる、みたいな感じでさ」


「えー」


「エミちゃんってオッサンをうまく転がすポテンシャルをめっちゃ持ってるのね。だけど普段愛想がクッソ悪いせいでその機会を潰してるわけ。でもたまに機嫌が良くて愛想良くするとホイホイおでんとか買わせてるじゃん。そこをもっとつき詰めていくんだよ」


「おいこら! たまに機嫌が良くて愛想良くなると、ってどういうことじゃ」


「ほらまたそういうヤンキー口調になる! そういうところを直せば絶対うまくいくんだって。だからこれから俺がエミちゃんに『男にウケる接客』を教えこむから、エミちゃんはその通りに動いて欲しいんだ」


「男にウケる接客」というフレーズに多少難色を示していたものの、エミちゃんは僕のアイデアに対してワクワクを隠しきれていなかった。僕の楽しげに語る口調や実際に作った企画書を見て「今までとは違う何か」を感じ取ったのだろう。


・・・思い返せばこうやって企画書を作ってプレゼンして、というのをやるのはずいぶん久しぶりだ。高校で自ら映画研究部を立ち上げた時はこうやって企画書を作って友人に見せ、一人ひとり熱心に口説いてチームに加わってもらっていた。


こういうことをしなくなったのはいつからだろうか・・・


それから一ヶ月、僕とエミちゃんはシフトを上がるごとに近所のファミレスに行き打ち合わせをした。僕が映画の脚本形式で想定される接客パターンをすべて書き起こし、それに沿ってウケる接客を教えこんでいく。教えこんでいくと言っても僕が作った脚本はエミちゃんには見せず、噺家のようにパターンを覚えさせた。


「『いらっしゃいませ』って言って」


「いらっしゃいませ」


「語尾を少し伸ばして」


「いらっしゃいませー」


「いや違う。もう少し短く」


「いらっしゃいませぇ」


「そう、だけど全体的にもう少し声を高く」


「いらっしゃいませぇっ」


「もっと語尾をだらしない感じにできない?」


こんな感じだ。


接客に関してもルールや動きを決めた。まずレジに居るときは僕らは一切会話をしないことにした。夜に仕事に疲れて、何か夜食でも買おうと思ってコンビニに入ってそこで若い兄ちゃんと姉ちゃんが楽しげにレジでイチャコラ会話してたら腹が立つだろう。だからそういうことは止めようと決めた。むしろ仲が悪いぐらいの感じを出そうと決めた。


他にもいやらしく唇をペロッと舐めさせたり、普段は袖に手を入れる今で言う「萌え袖」をやるように指示したり、本当に1つはなんとでもない動作だが、小さな小さなディティールに徹底的にこだわった。


サインも決め、僕が自分の肩を触ったら「この客には普通の接客」、腕を触ったら「ちょっと甘える感じで」、手を触ったら「ガンガン行け!」だ。


演技をするにあたって女の子には2つのパターンがある。


1つは設定と流れだけ教えて、あとは本番で好きなように演技してもらう方がいい子。もう1つはセリフから動きから何から何まで教えて、リハーサルを延々繰り返した後で本番に臨む方がいい子。僕は直感的にエミちゃんは後者の人間だと思った。特に今回はある意味で男をたぶらかそうとしているわけだ。だからこそ僕が何から何まで教えこむことでエミちゃんは「私はあくまで結城の言うことを聞いているだけ」という言い訳ができる。僕は僕でエミちゃんを完全にコントロールできるので自分のアイデアを余すことなく実行できる。僕らは非常にいい関係が築けていた。


こうして毎晩ファミレスで打ち合わせをしている間、僕はエミちゃんに教え込んだ接客を一切やらせなかった。中途半端な状態でやらせても、間違いなく失敗するし、自信もなくなって悪い循環に入ってしまう。


一ヶ月みっちりと接客を教えこんだ後、僕はエミちゃんをいよいよ実戦に送り込むことにした。だがここでも僕はここでも1つ戦略があった。それは仕込みを用意するということだ。僕は近所に住む知り合いのオジサンに事情を話し店まで来てもらい、「そこで女子高生のスタッフの子が色々と話しかけてきたりしますけど、全部にこやかに答えてあげてもらえますか?」とお願いした。


男ウケする接客を解禁した当日、普段はあまり緊張しないエミちゃんが珍しく緊張していた。どことなく声が上ずっている。


そこに例のオジサンがやってくる。練習通り僕が教えた通りの口調で「いらっしゃいませぇっ」と言う。


オジサンがレジにやってくる。僕はそこでエミちゃんに今まで教えこんだ接客術をすべて実行させた。バーコードを読み取っている間に自然と雑談につなげる。さすがに初めてだからかぎこちない。だがオジサンがいい笑顔でにこやかに答える。


それを見たエミちゃんの顔がほぐれていく。


一通り接客を終えた後、エミちゃんが僕の方を見た。その顔つきは数分前とは別人のようだった。その顔は自信に満ち溢れていた。


僕らの運命が大きく変わった瞬間だった。


それからというもの、エミちゃんの快進撃というか男の手玉の取り方は凄まじいものがあった。もともとかわいいというのもあって、エミちゃんから話しかけていくとお客さんたちがどんどん商品を買っていく。ターゲットを狭めて、同じようなフレーズで接客をしていくと、最初に「いらっしゃいませ」と言った時の反応の仕方で、このお客さんはイケる人なのかイケない人なのか判断がつくようになった。僕も自分の接客をする傍らでエミちゃんの接客を見て、ノートに記録を取っていく。毎晩ファミレスに行っては反省会を開き、「今日のあの話の持って行き方はうまかったね」とか「あそこはあえて突き放したほうがよかったんじゃなかったのかな」「あれだけ後ろにお客さんが待ってる時は雑談を早々に切り上げないと効率が悪くなる」と、接客術をどんどんブラッシュアップしていった。中には本当に堅物で、エミちゃんがどれだけ愛想をふりまいてみても全く反応しないお客さんもいて、どうやったら攻略できるのかと2人で延々とアイデアを出し合った。そして遂におでんを大量に買わせた時には思わず2人で小さくガッツポーズをした。今までうどんなんか1日に2個しか売れなかった。それが僕らが例の接客を始めてから売上がグングンと伸びた。一番売上が良かった時は、僕達がシフトに入っている5時間で30個もの売上があった。


ここで嬉しい誤算が1つあって、うどんの売上に連動しておでんの売上も爆発的に伸びたのだ。初めはとりあえず売れそうなうどんから売ろうということで、うどんだけをプッシュして売っていたのが、そこにおでんをもう3品も足せば1食分の食事になるということで、おでんも買ってくれる人が多かった。


気づいた時には僕らは夕方のシフトとしておでんの売上がエリアで1番になっていた。さすがに1日の売上としてみると大したことはないが、僕らがシフトで入っている時間帯だけ異常な売上の増加を見せるのだ。最近までまったくおでんが売れなかったのに、突如として爆発的な売上を見せただけに、本部から視察が入ったほどだった。


あの時僕らは最高に楽しかった。映画に挫折した何をやってもダメな青年と、社会から疎外されているギャルが、なんとか周りを見返してやろうと夜な夜なファミレスでああでもないこうでもないとアイデアを出し合って作戦を練って、それを実行してまたファミレスで作戦を練ってと、そういうプロセスがたまらなくワクワクした。


おでんの売上に多大な貢献をした僕らは本部から非常に少額ではあるものの金一封をもらうことが出来た。僕はあまりの額の少なさに愕然としていたが、エミちゃんは「初めて人からほめられた気がする」と、とても喜んでいた。その姿が非常に印象的だった。


その晩僕らはいつものファミレスに行き、もらった金一封でその店で一番高いものを注文した。あの時食べたステーキの味は今でも忘れられない、最高の味だった。




その後僕らはどうなったか。


結果として僕らは表彰された直後バイトを辞めることにした。


おでんの一件で自分に自信がついた僕は、もう一度映画を撮ってみることにした。今度はちゃんと自分で企画書を作り、また1から仲間を集め、周りと連携をとって製作を進めていった。そのおかげか、小さいながら学生の映画祭で賞を受賞することが出来た。


賞を受賞できると僕はそこで映画には見切りをつけた。僕は自分の力が映画のフィールド以外でどこまで通用するのか知りたくなった。映画で培ったノウハウで、おでんの売上を爆発的に伸ばすことが出来た。僕ならどんなところでもやっていける。


時はもう就活シーズンだった。僕は今まで自分とは全くの無関係なフィールドであったITの営業の職を選ぶことにした。ITは今でこそだいぶ市場が成熟してきつつあるが、当時はまだそんなこともなく、1つの会社が昨日までバスの運行システムを作っていたかと思えば明日からパンの生産管理システムを作ったりするということが平然とあった。ITの営業であれば色んな業種や世界を見ることができる。いろんな世界を見たい。そう思った僕はITを選んだ。


一方エミちゃんは店であまりにも人気が出過ぎて業務に支障が出るレベルだったのと、僕がバイトをやめてしまうこと、そしてお客さんのうちの1人である料亭の店主から破格の報酬で引き抜かれたことからコンビニは辞めてしまった。


料亭では唯一の女子高生ということで最初は色々と苦労があったみたいだが、すぐに店の中心メンバーになったようだ。


だがその料亭も1年近く働いた後、「受験に専念したいから」ということで周りから惜しまれつつ退職。そこからのエミちゃんの偏差値の上がりっぷりは凄まじく、結果として学年で唯一の国立大学合格者となった。


その時に言っていた「今まで私は勉強とか全然出来なかったけど、おでん売るのも料亭で働くのも勉強するのも全部同じなんだなぁって分かった。私の中では全部ファミレスで2人でやってたことの延長線なんだもん」という言葉はとても印象的だった。


大学を出た後のエミちゃんは大手化粧品メーカーに就職。最初はエミちゃんの元気が良すぎるためか周りとよく衝突していたみたいだが、今ではその実力が認められ、着実に昇進しつつあるみたいだ。


僕の方はというと、この流れなら社会人になっても例の映画のノウハウを活かして大成功を収めてるように思えるかもしれないが、社会はなかなか厳しいもので、そう簡単にはうまくいかない。ただまぁ、同世代よりはちょっと多めに稼げている程度だろうか。金銭面はともかく仕事ではいい上司、いい部下に恵まれて毎日が本当に楽しい。何よりも営業という職で、どうやったらお客さんに自分の会社と解約を結んでもらえるかと考え、実行するそのプロセスが最高にワクワクする!




10年前の大学生の当時、僕は何をやってもダメだった。


僕は自分自身に絶望していた。


だが、そんな中1人のギャルと出会い、僕は変わった。


何をしてもうまくいかなかった。そのたびに自分の無能さを痛感しなくてはならなかった。


でも、そこから「じゃあどうやったらうまくいくだろう?」「どうすれば自分は無能じゃないと証明できるだろう?」と考えるようになった。戦略を練るようになった。実行するようになった。


僕は行動するのが楽しくなった。人と話すのが楽しくなった。


僕は今、間違いなく自分の人生が好きだといえる。

著者の結城 雅寛さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。