地獄のはじまり

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オスとメスとの交わり、母と浦川のセックスを想像し、なるほど、このメスはあのオスの陰茎にやられたのかと、異常な汚らわしさを感じた。そしてドンドンやられていき、気づいたら1億円の連帯保証人になっていたのだ。

数億の資産を持つ元銀行役員の未亡人が、妻子ある悪徳地上げ屋ブローカーと恋に落ち、いまやその財産を奪われようとしている。女性週刊誌やワイドショーのような話。

人の不幸は密の味。

なんとも痛快というか、絵に書いたような醜聞事件だ。

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ある時、実家マンションで母を詰問した後、ふと、玄関の靴箱を開けた。果たしてそこには男物の革靴が山のようにあった。明らかに浦川の靴だ。母が浦川と暮らしていた何よりの証拠。そして、母が承諾している証拠。愛の暮らし。堕落の証明。

それは俺の実家に棲んでいる獣のもの。あの鬼畜が身につけている、汗がしみ込んだクサイ靴。見つけて10秒も経っていなかっただろう。私は靴を次々につかんで外のゴミ捨て場所へ投げ捨てた。「この野郎!」と雄叫びを上げながら。憎しみを込めて叩きつけるように。いや、叩きつけた。

自分の縄張りに入り込んだ、ライバルのオスを排除する動物本能でもあった。おれ達の財産を奪い取ろうとしている悪人、俺の実家、俺の古巣に入り込み、占領し、母と財産を奪い取った獣のオス。

狂ったように靴を投げ捨てる俺を、母は呆然と見ていた。首をうなだれながら。仕方がないと自分の罪を認めるように。

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●父のいた銀行へ駆け込む

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とにかく、連帯保証1億円をかぶったのは事実。つまり、栢野家は債務者・浦川清の代わりに、早々に「なにわ商事」と「エビス信販」に計1億円を弁済せねばならない。

しかし、そんな金は手元にない。私自身は思考能力がなかった。それは母も同じ。茫然自失。事件発覚以来、事の全貌解明と対処策はほとんど平川さんが代行してくれていた。私らは平川さんの言うとおりに行動した。他に、こんな面倒な事件を解決してくれる人はいなかった。ある意味で、平川さんは亡き父のようだった。

事実、平川さんがこんなにいろいろ面倒見てくれるのは、俺の親父の部下で世話になったこと、住宅会社に転職した平川さんから野芥の家を購入したこともあるが、ある意味では母の近くにいて、今回の事件を防げなかった負い目がある、恩人の奥さんを救えなかった自分にも責任があると言っていた。

私と母は平川さんに連れられ、福岡シティ銀行の本店へ行った。そこには父の同僚で、副頭取を経て監査役になっていた森田さん、野口専務、他の銀行役員が数名待っていた。今回の恥ずかしい事情を話し、なんとか救済してもらえないかと。平川さんが状況を説明し、私と母は下を向いてうなだれるだけ。

救済策とはこうだ。西新のマンション、野芥の一戸建て、大名の土地など全財産を担保に入れて銀行から1億円の融資を受け、金利が高くて怖い街金へ弁済。その後、土地や家の売却、株券の処分などで銀行側へ返済する。

幸い、土地や家の価値は計算上、合計で1億円以上ある。まあそもそも、今回の事件は財産があったからだ。あったから狙われたのだ。財産がなければ1億の連帯保証人にはなれない。なっても返済する原資がない。浦川のように。

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浦川は落ちぶれた地上げ屋だったが、浦川の父は資産家で、唐津の和多田地区に相当な土地を持っていた。ありがちな話だが、浦川の代になって絵に書いたような放蕩息子ぶりを発揮し、すべての資産を消滅。それどころか、私らをはじめとして方々から借金し、完全に落ちぶれてしまっているという。いわゆる資産家のバカ息子だ。

しかし、それは俺も同じ。親の資産こそ食いつぶしていなかったが、銀行エリートのバカ息子として、甘い考えと堪え性の無さ、根性の無さで就職・転職・起業に失敗。落ちぶれてしまっているのは同じ。

かつ、不倫をして堕落した母を罵倒したが、実はその頃、俺も東京で同級生の人妻と不倫していた。親子で不倫のバカ同士。そんな駄目な自分と同じような浦川に、実家を破壊されて歯がゆい気持ちだ。目くそ耳クソを笑うか。

今回の福岡シティ銀行側に対する直接の債務者は母。しかし、私と弟、それに平川さんも連帯保証人となることになった。土地や家は計算上は借金以上の価値があったが、これで私も1億円の借金を背負う羽目になった。

借金1億円!

想像がつかないね。かつ、こうなっても他人事という感じ。当事者ではない。自分のせいではないし、平川さんがあれこれ対処してくれるおかげで、余計そう感じる。母も俺も自分の意志で考えて行動することがほとんどなかった。上の空。手取り足取りされると人間は成長しないね。適当に放っておくのがいいね。

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それにしても借金1億円をかぶるなんて。個人レベルでは大事件だ。実は帰郷してすぐ、通りかかった福岡県・早良警察署に駆け込んだ。

「・・・そんなこんだで借金1億円をかぶることになったんです。どうにかなりませんかね・・」

「・・・ならんね。民事不介入だから」

そうだろうな。強盗とか騙されてならともかく、今回は母が同意している。浦川が街金から借金する。返せなければ代わりに弁済する連帯保証人に、母は直筆でサインし、実印も押している。仕方がない。どうしようもない。警察が云々いうことではない。

ならば、警察沙汰にすればいいのかと、私はエビス信販に殴り込んだ。というか、わけのわからぬ大声を上げてケンカを売り、殴られれば暴行事件で街金を悪者にできるのではと思ったが、海千山千のエビスの社長は顔色一つ変えなかった。

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もちろん、今回の事件の真犯人である浦川清には直接、何度か詰め寄った。借金を返せ!と。1億円の金銭消費貸借書にもサインさせたが、その借用書のサインは浦川清史。実名は清なのに清史と書いて誤魔化す汚さ。こうして素人を騙してきたのだろう。

浦川は電話をすれば出てきた。逃げも隠れもしなかった。憎らしい。職場というか待機場所というか、ある会社へ電話すると、いれば浦川は電話に出て、指定場所へ現れた。

そして、「金は返す。今は金はないが、来月には金を返す」と毎回言う。逃げずに金を返す意志は表明する。しかし結局、最後まで一円の返済もなかったのだが・・・。

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●帰郷

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こうして借金1億円を背負った。私は福岡での当面の処置が終わって東京に戻ったが、平川さんからは再三、福岡へ戻って欲しいとの電話があった。まあ、当然だろう。

「いや、東京で独立したばかりで、仕事がありますから・・・」

しかし、起業に失敗し、会社は実質休業状態で、出版社で週に三日バイトしているだけ。帰ろうと思えばいつでも帰れる気軽な身分。

実家は最大の危機だ。弟は兼松日産農林という、オンボロだが一部上場のキチンとした会社のサラリーマンで結婚もしている。ブラブラしているのは俺だけ。俺しかいない。帰るしかない。

「潮時」

そんな言葉が頭を過ぎった。

借金事件が発覚して3ヶ月後、私は東京を離れ、福岡へ帰ることを決めた。大学卒業以来、ビジネスマンとしての成功を夢に見て、ヤマハ発動機、リクルート人材センター、コンピューターシステムリース、ミッドと転職し、「無料職業相談業」アントロポスデータジャパンでの独立も失敗。まだ東京では何も成していない。

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