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ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。

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著者:
小林 慎太郎
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入金はあれども返信はない状態にやきもきしながら日々を過ごしていると、再びラブレター代筆の依頼が来た。当初、ラブレター代筆は実際に依頼が来ることは想定をしていなかったが、いつの間にか件数としては最も依頼の多いサービスとなっていた。


今度、妻の誕生日と結婚記念日があり、手紙を送りたいと思っています。妻のことを一番に思っている気持ち、感謝の気持ち、色々と我慢をさせてしまっていることに対するお詫びの気持ちを伝えたいです。自分ではどう書いていいかわからないです。


確認したところ、依頼主が遠方にお住まいとのことなので、詳細はメールで確認をすることになった。

何回かメールでやり取りをおこない、依頼主と奥様、ともに30代であること。昨年に奥様が体調不良を訴え、病院で診断を受けたこと。結果、30代という生気に満ちた年齢とは裏腹に、深刻な病気を患っていることが判明したこと。それを機に、快活だった奥様の元気が日に日に失われていったことなどがわかった。


ラブレター代筆をしていて思うのは、当たり前のことではあるけれど、誰しもがそれぞれの事情を抱えて生きているということ。そして、どのような状況に身を置かれようとも、誰かが誰かに想いを寄せるという行為は途切れることなく、世界のどこかで絶え間なく繰り返されているということ。


今回の依頼を受け、僕はあらためてラブレター代筆という仕事を考えてみた。


最初の方に記したように、ラブレター代筆をサービスに加えたことに明確な意思や必然性があったわけではない。では完全なる偶然かというと、それもまた違う気がする。「想いを伝える」という行為に、自分の中で引っかかるものがあった。


今でこそこういう仕事をしたりしているが、僕は元々、自分の気持ちや想いを相手に伝えるのが得意ではなかった。女性に「好きだよ」「愛してるよ」という言葉で表すのは格好悪いと思っていた。そんなものは口に出すものではないと思っていた。


でも、ある時から、それは違うと思うようになった。


僕も今36歳なので、それなりに想いを寄せる相手もいたし、想われる相手もいた。そんな中で、突然に、いくら自分の想いを伝えたくても、伝えられないようになることがあることも知った。「好きだよ」「愛してるよ」といくら発してみても、その人の耳に届くことはない。「好きだよ」「愛してるよ」と綴ったラブレターを送ってみても、その人の手元に届くことはない。どのような手段でも、僕の想いが相手に届くことはない。


想いを伝えたところで何も変わらなかったかもしれないけれど、想いを伝えることで何かが変わっていたかもしれない。運命が変わっていたかもしれない。当時はそう思ったし、今でもふと思うことがある。


それからは、とにかく想いを伝えるようにしている。その人の耳に届く距離にいる時に伝える。その人と時間を共有をできる間に伝える。その人がいなくなる前に伝える。伝える。


だから、ラブレター代筆という仕事は、偶然のような必然のような感じ。他人の想いに乗せて、自分の想いを消化しているようなところがあるのかもしれない。



依頼者からのメールを読み終えると、僕は依頼者の想いを伝えるべく、文面を考え始めた。


ありがとうございます。こちらで問題ありません。


考えた文面を送ると、依頼者から返信が来た。

確認の御礼を伝えるメールを送る際、お手紙を渡した結果を是非連絡してもらいたい旨も記載した。


4月になると思いますが、連絡致します。


4月。誰かが誰かに想いを伝えるのには、最適な季節だと思う。

今度は結果連絡が来ることを信じて、楽しみに待つことにしよう。



■返信

手紙を納品してから2ヶ月ほど経過した頃、結婚する彼女へのサプライズとして手紙を作成した依頼者から、メールの返信が来た。


せっかく手紙を書いて頂いたにも関わらず、渡すことができなくなりました。ごめんなさい。

それ以外は特に何も記されていなかった。

僕は何も返信をしなかった。



どのような状況に身を置かれようとも、誰かが誰かに想いを寄せるという行為は途切れることなく、世界のどこかで絶え間なく繰り返される。そして、世界の隅の隅の端っこで、僕は今日もその一端を担っている。


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