アメフトで首を骨折し、四肢麻痺になった青年がヘッドコーチとしてチームに復帰した話。パート7
自宅でのリハビリを始めて約10ヶ月が経過した。
秋が深まり何となく寒さを感じる頃に2週間ほど入院することもあったが、リハビリは休むことなく毎日取り組んでいた。
この頃、リハビリ以外の時間はテレビを見るか、または本を読んで過ごすことが多かった。
また周囲の人に車いすに乗っている自分の姿を見られたくなかったため、自宅で引きこもる生活が続いていた。
唯一の楽しみは昼過ぎにウッドデッキで日に照らされながら、一人でボーっと過ごす時間だった。
一見、孤独で寂しそうに聞こえるかもしれないが、他人のことを気にせず一人で過ごす時間は慣れると意外と心地よいものだ。
僕は小さい頃からスポーツに打ち込み中学・高校生のときも休むこともなく野球に打ち込んできたため、もしかしたらこれだけゆっくりな時間を過ごすのは生まれて初めてだったかもしれない。
そして、特別何かをするわけではなく、答えのないようなことを四六時中、考えていた。
「自分がこの世に生まれた意味ってなんだろう?」
「この事故は必然の出来事?」
「10年後にどんな自分になりたい?」
「なぜ僕はここにいるのだろう?」
と禅僧のような時間を過ごしていた。
考えれば考えるほど、何が正しいのか分からなくなるようなことだが、振り返ってみると、この時間は僕の人格を形成する上で大きな糧となった。
青年期にうちに一人になり、自分自身と向き合ってココロの声を聞くという時間は大切だと思う。
孤独には自分を高め、未来へ導いてくれる力がある。
突き詰めていくと自分のことは自分以外には分からない。
自分が何をしたいのか、そんなことを自問自答していくことで芯の通った周りに流されない自分を見つけれるのではないかと思う。
そして毎日、同じスケジュールを淡々と過ごす日々の中で心を揺さぶられるような出来事があった。
その日は12月24日。
窓の外を見ると、今にも雪が降り出しそうな寒々しい空が広がっており、世間は「クリスマス・イブ」で賑わっていた。
ただ当時の僕にとって、この特別な一日も普段と変わらない平日に過ぎなかった。
朝の8時に起き、日中はリハビリをして、入浴後に晩御飯を食べる。
いつもと変わらないスケジュール。
そして、いつものようにベッドに移ろうと思った瞬間
「ピーンポーン!」
玄関のチャイムがなった。
普段、こんな時間に客人が来ることはまずない。
そして母に対応するよう促され、僕は車いすを押して玄関に向かった。
「どうぞー」と外にいる来客に声をかけ、ガチャと玄関の扉が開いた。
密室されていた部屋の空気が動き、扉が完全に開くと、そこにはトナカイが立っていた。
正確にはトナカイのコスプレをした人が立っていた。
そしてよく見ると、そのコスプレイヤーたちはアメフト部のチームメイトと監督だった。
あまりのことに思わず二度見をしてしまった。
あまりの突然なことに笑いが止まらなかった。
人生で初めてのサプライズだったので、どういう対応をしていいか分からなかったが、人間、本当に驚いた時は笑うしかできないんだなぁとこの時感じた。
そして状況を読み込めない僕に、彼らは一から十まで説明してくれた。
クリスマス・イブを一緒に祝うために、車で8時間かけて僕の自宅まで遊びに来てくれたらしい。
しかも到着前に、わざわざ最寄りのサービスエリアのトイレでトナカイの衣装に着替えたそうだ。
体重100kg級の大男7人が聖なる夜に、トイレでコスプレ衣装に着替えてる姿を想像すると、通報されなくて良かったと思ってしまった。
と我に返り、心配しながら家族を見たが、全員が「してやったり」ような顔をしている。
詳しく聞くと事前に僕の家族と計画をして、このサプライズをしてくれたらしい。
じいちゃんさえも料理を用意してくれていたので、このことを知らなかったの僕だけだった。
このとき嬉しい気持ちの反面、彼らに申し訳ない気持ちがあった。
実はこのとき怪我でチームを離れて1年以上が経過していた。
正直なことを言うと、チームのみんなと関わる機会が少なくなってきていたので、彼らの中での僕の存在が薄れてきているのかなと思い始めていた。
そんな時のサプライズだったので、自分のことをこんなに思ってくれていることに驚いたと同時に、嬉しい気持ちでいっぱいだった。
そしてチームメイトのことを少しでも疑った自分の疑心がとても恥ずかしかった。
この日の夜は久しぶりにチームメイトと食べて、飲んで、騒いだ。
真冬の寒さにも関わらず、大男7人が6畳の部屋にいたため、窓は結露でびしょぬれになり、みんなは暑さに我慢できず、Tシャツ姿になっていた。
おデブちゃんの発熱量はすごいなと笑いながら、この懐かしい感じがとても心地よかった。
人生で最高のクリスマス・イブだった。
そして、みんなの笑顔を見ながら「この時間がもっと続いたらな」と心の中で強く思った。
同時に自分がこれから向かうべき目標がフッと頭の片隅に浮かんだ。
そして、この日をさかいに僕は「復学」を意識するようになる。
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