アメフトで首を骨折し、四肢麻痺になった青年がヘッドコーチとしてチームに復帰した話。パート9

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前編: アメフトで首を骨折し、四肢麻痺になった青年がヘッドコーチとしてチームに復帰した話。パート8
後編: アメフトで首を骨折し、四肢麻痺になった青年がヘッドコーチとしてチームに復帰した話。パート10

一歩を踏み出す勇気ーー


どんな人でも、何かに挑戦しようとするときは不安があると思います。

不安にのみこまれ、緊張でガチガチになったり、諦めてしまうこともあるかもしれません。

僕も小さいときから新しいことに挑戦するときは怖くて逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。

実際に今でもそれは変わりません。


ある方に、成功の反対は失敗ではなく何もしないことだと言われたことがあります。

挑戦しない人は苦しみは無いかもしれませんが、喜びを得ることもできないのです。


僕は最初の一歩を踏み出す為に“とりあえずやってみる”ことが大切だと思います。

世の中は自分の思い通りの結果にはならないことも多くあるかもしれません。

それでも小さな一歩を積み重ねていくことが大きな発展に結びつくと信じています。



※今まで学校名は出していませんでしたが、周囲からのリクエストもあり今回から明記することにしました。僕が通っていたのは奈良県にある天理大学体育学部です。



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「これからは寝たきりの生活になるかもしれません」


2007年の夏、絶望に陥るような宣告をされ、僕の青春はもう終わったと思っていた。


しかし、山口県にある自宅で、家族とともにリハビリを始めて約1年半が経過したころ、僕には自分でできることが少しずつ増えていた。

自分で上着を着替えたり、ドライヤーで髪の毛を乾かすなど身支度が少しずつできるようになり、食事はスプーンとフォークを使い一人で食べれるようになった。生ジョッキは重たく、まだ持つことができなかったが、地元の友だちと居酒屋へ飲みに行くこともあった。



この頃、自分の中で明確な目標ができていた。

それは、天理大学に復学すること。

もう一度あのキャンパスで一緒に授業を受けたいという気持ちが強くなっていた。



実は当初の予定では、3年間は自宅でリハビリを中心にした生活を送るつもりだった。

それは僕の体の状態を考えた場合、中途半端に復学するとリハビリが続けられなくなり、学業とリハビリの両方共ダメに成ってしまう可能性があったからだ。



しかし、僕にはどうしても2年後で復学したい理由があった。

それは怪我をする前に同級生だったチームメイトや友人と一緒にキャンパスライフを過ごしたかったからだ。

僕は大学1年生の時に怪我をしたので3年後に復学すると、当時の同級生は卒業してしまうため、一緒に大学へ通うことができない。



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