脱サラをして30歳で製造業からゲーム業界に進んだ話〜ターニングポイント・2−3〜

前編: 脱サラをして30歳で製造業からゲーム業界に進んだ話〜ターニングポイント・2−2〜
後編: 脱サラをして30歳で製造業からゲーム業界に進んだ話〜前進・1〜

東京へと向かう東北自動車道。

その途中で、僕を襲った事件について、お話します。


この事件を乗り越えたことで、自分は自力でなんとかなるという自信にもなったのです。

では、続きをどうぞ


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自分に自信を持てたのは、目の前のことから逃げなかったから


東北自動車道を走り、東京の方へと向かっている最中、バイクの動作がどうもおかしいことに気が付きました。

ハンドルを動かして居なくても斜体が揺れて、やや直進からずれることが増えたのです。

気のせいかと思って、しばらく走りましたが今度は速度が思うように出なくなりました。


「コレはいけない」


そう僕は思い、近くのSAに逃げ込んでバイクの状態を確認しました。

すると、後輪がパンクしていたのです。


いつパンクしたのかわからなかったのですが、高速で事故を起こさなかったのは不幸中の幸いでした。

到着したSAは那須高原で、東京までは200kmの距離がありました。

時間は夕方の5時を過ぎ、夜の走行にも不安がでてきます。


バイクをロックして、SAで夕食を食べながら、次の行動を考えました。

バイクを買ったレッドバロンの情報をみると近くに那須高原の店があることがわかりました。

迷っている時間だけ、後が厳しくなると思った僕は、すぐに電話をかけてレッカーを呼ぶことにしました。


この素早い決断のおかげで、ちょうど空いていたレッカーが間に合い、そのまま那須高原での応急修理ができることになったのです。

店の閉まるギリギリで滑り込めたのは、悩んで決断を遅らせなかったことであり目の前のトラブルを自分の出来る範囲で何とかしようと逃げなかったことだと感じています。


そのまま宇都宮に宿をとって翌日に愛知へと旅立つことになりますが、この仙台から南下してきたことで得られた経験は僕自身の限界を大きく塗り替える貴重な経験でした。


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また、バイクにトラブルがありながらも僕自身は五体満足で怪我や病気をすることなく、家に帰ることができたことも強い自信になりました。


そして、家についた時、受け取った手紙が専門学校の説明会をする案内でした。


それを見た僕は、迷わず名古屋に行くことを決めました。


続く……





続きのストーリーはこちら!

脱サラをして30歳で製造業からゲーム業界に進んだ話〜前進・1〜

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