【第三話】『さよなら…』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜
バカのくせに あぁ
愛してもらえるつもりでいたなんて
カウンター席から窓の外を見つめながら、
涙を堪えていた。
流れるな涙
心でとまれ
流れるな涙…
他の客や、店員にバレないように、
必死で顔を隠していた。
そんな日を何日か過ごした。
そして8月30日。
彼女が出て行く前日の夜。
もう一度2人で最後の話をした。
僕はちゃんとケジメを付けたかった。
全ての欄に記入された婚姻届を彼女に渡した。
破り捨てる選択肢もあったが、僕には出来なかった。
「これ、○○が処分して。」
「それから結婚式場。○○が断っておいて。」
「僕には出来ないから…。」
「キャンセルしたら、一応連絡して。」
それともう一つ、ケジメを付けなければいけないことがあった。
彼女と僕の2人のお金で揃えた家具や家電。
しかし彼女はほとんど持って行かない。
2年は住むと思っていたこの部屋の家賃は、
毎月の支払いが面倒臭いと、彼女が1年分まとめて払ってくれていた。
彼女が出て行った後も、僕はこの家に住み続ける。
僕は、定期預金を解約し、結婚資金を全て下ろした。
そして、
「これ、足らないかもしれないけど…」
全額彼女に渡した。
受け取るのを彼女は断ったが、
僕は、借りを作ったまま別れるのは嫌だった。
ここで全てを終わりにしたかった。
それが僕のケジメだった。
そして次の日、8月31日。
彼女とお別れの日だ。
朝からお義父さんが車で荷物を運んでくれることになっていた。
僕は、お義父さんに合わせる顔が無かった。
何より、彼女が出て行く姿を見たくなかった。
そんな状況から逃げるために、朝早く実家に行くことにした。
家を出る前、靴を履き、僕は最後のお別れを言った。
「本当にごめんね。」
「今までありがとう。」
「絶対に幸せになるんだよ。」
そう言って、家を出た。
「さよなら…」
こうして僕らの同棲生活は幕を閉じた。
この日を境に、僕らは完全に他人になった。
僕は彼女にとって、過去の人となった。
「なんてあっけないんだろう…。」
どんな時間よりも幸せな3年間を過ごした2人の別れは、
あの日、人生を共に生きようと決めた2人の別れは、
もう二度と交わることのない人生を歩くと決めた2人の別れは、
また明日にでも会える人との別れのように、あっけないものだった。
うつ病の悪化…
実家に帰った僕は、両親に、
「実家に戻って来たら?」
と言われた。
確かに精神病を患った息子が、婚約破棄になり、
残された家で一人で暮らすと言うのは、親にとって心配する要因しかなかった。
きっと、
「自殺するんじゃないか?」
と思っていたのだろう。
しかし、僕には、実家に戻る気は全くなかった。
同棲していた家は、彼女との思い出の詰まった家であると同時に、
著者の坂内 秀洋さんに人生相談を申込む
著者の坂内 秀洋さんにメッセージを送る
著者の方だけが読めます