問題解決の楽しみ。励む事がある幸せ。〜現28歳、精神病と2度のホームレス経験、社会参加への飛躍へ!

1 / 2 ページ

騒音問題が解決しない。

管理会社への3度の連絡、二度の110番通報。
各対応は、管理会社へソフトな文言のポスティングのみ。「深夜は営業時間外なので対応が難しく、通報が解決に一番近いというケースもある」と言い、その後連絡はないが、「丁寧な対応ありがとうございます。警察の相談してもみます。」と、礼を言う。
110番は連絡すると深夜でもすぐ来てくれるが、室内で私の感じている不快な重低音のリズムが男性警官によると、「外部にても室内にても確認できない。私の耳が悪いんという可能性もあるし…。(山口が壊れやすいほど神経質すぎるという事実もあるし…と、内心自答する。)110番でも良いが、時間と建物の構造の関係により騒音元の特定が難しい場合は、管轄の警察署の生活課に相談するとよい」とアドバイスをくださり、私の個人情報のみを記録し帰って行く。(110番した時に限り、マンションエントランスの人の動きもいつもと違うことを察してか、重低音は急に小さくなり、警官が私の部屋にいる内に次第に消えた…………。)「遅い時間にお世話様でした。ありがとうございました。」と礼を言う。(金曜の深夜のことである。)

(納得いかない)…と、言っていられない。
「諸々、問題解決は根気がいる作業である。」
「問題解決は時間と相談者の選択がものを言う。」
「そして問題解決への執念…。改善後の爽快さの想像…。」
(執念…嫌な言葉だ。私が神経質しぎるだけなのだろうか、近隣はいかにこの私が重低音に頭を抱えている時間を過ごしているのか)

「本当に向き合うべき、問題の本質は何か」
「そしてその解決への近道はどこか」

と、今年に入り、実体験を通し、「問題解決の軸」を、自分なりに暮らしを通し学んでいる最中である。

病気の快復の問題
家計の安定の問題
労働の復帰の問題
住環境の改善の問題

社会人としての自尊心と人との信頼関係の問題
私の生きやすさと社会との関わりの問題

今夜は騒音に敏感になりすぎ過呼吸に襲われ涙が止まらない、気が狂いそうだ。耐えきれず頓服の安定剤を飲む。過激で攻撃性を含む自分の発作が怖い。(家を失いたくない。人の私を見る目を変えたくない。同じ一般人として紛れていたい。ただ普通に生きたい。…どうか)
なんと恐怖に弱く、欲深い、脆弱で強欲な精神、脳機能であるか。大人しくあれ…

精神病の診断という医療機関の証明の恩恵は社会保障上大きなものではあれ、一度でも発狂した人間への社会の風は冷たいこともある。精神病特有の自意識、妄想の過剰さも相まって、制度では改善しにくい、実に人間的な曖昧な課題が多々あるのである。精神病と性格の曖昧さによる人格への疑い、賛否。投薬による副作用の個人差の曖昧さ、症状と副作用の曖昧さよる投薬、精神科に通うこと自体への疑い、賛否。鬱は伝染(うつ)るからと言う曖昧な情報による疎遠、精神病など他人事だったのにと関わることへの未知で曖昧な影響への懸念による疎遠、メンヘラを公開し気を引き愛情や承認の欲求を得たいのかと言う疑い、賛否。…これらは今私が簡単にあげた例の一部であり、まだ精神病であることで、社会と関わる際の不安要素や実感覚は見えない、精神病であるからこそ見える化しにくい当事者の心にしまいこまられたままの課題は多々あるだろう。(精神分析学、心理学の研究は当然、日々進展しており、私が情報収集についていけず勉強不足ということもあるため、実感したことのある社会参加上抱えがちになる私の課題を上記させていただいた。おそまつさまでした。)

私は1年半前、近隣との騒音問題トラブルをきっかけに、あてもなくホームレスになったことがある。発狂し、パトカー二台、警察官がたくさん来て、一晩であるが管轄警察署にて保護となった。事の大きさに、管理会社も「精神病の人を簡単に受け入れ契約する不動産屋はないでしょうね」と言い放ち、即刻退去を言い渡した。(それでも、不動産屋としては良心的で、敷金も、日割りの家賃もきっちり返金してくれた。普通に暮らせたなら、よい管理会社であったろう。)…そうでしょうね…住居は借りてる側の権利が強いという知識はありつつも、自分の精神状態を考慮しても、発狂した住居に居座ることもできず、ほとんどの荷物を実家に送らせてもらい、トランク一つで人生初のホームレスになった。27歳夏、お盆前のことである。

(その時、お世話になった方たちの恩は決して忘れない。私はその時家を失った代わりに手にしたものがある。助けの手を求め、声を上げること、手を伸ばし、差し出された手をにぎらせてもらうこと、それはどんな状況でも、自分が前に進もうとすれば背中を押してくれる人がいると、強く実感できた経験である。精神病で子供の頃から疎外感に苦悩して来た身には、手にしたことのない発見と喜びと希望であった。)

精神病の課題と一応医療機関の診断上、社会的に列記とした「病」を抱えて生活する者の課題と、目の前の問題解決について。

精神病により、社会生活の公私の維持が難しい状態に陥った場合、一度目のホームレス経験で得た知恵を活用すれば、人(公的な組織、機関を含め)に助けを求める行動が必須であると判断できる。

しかし私は、28歳冬、二度目のホームレスを経験したのである。当時私はルームシェアをしていた。まさに症状と性格の曖昧さによる人格への疑いによる、疑い…疎遠。もちろんそれだけが縁の切れ目ではない、仕事や今後の互いの人生設計、目標設定の違いによる前向きな解散でもあった。出会いも別れも、感情は抜きにしても、いい経験だった。しかし問題は私の感情である。精神が付いて行かない。感情処理ができない。物件の契約者は相手方であるため、当然、出て行くのは私である。相手方の「契約者は私であり、保証人は親族である」と、居住権利の主張は正論で当然ある。次の物件が決まるまでの期間、居住する権利はルームシェアを互いに承諾したほどの関係上、つながりの主たるものが情であった関係上、権利など仰々しく言うほどもなく、当然可能な状態ではあったが、…私の精神はすでに崩壊していた。私はその時、契約と言う社会通念を思っても、相手の生活を思っても、私自身の精神状況を思っても、家を出ざるを追えなかった。私は再び自らホームレスを選んだ。

その後は、先ずは普通に今まで通り働き家を借りること!賃貸契約をするまでどこに休む場を設けるか、という確固たる見える問題解決に向けて行動し続けた。少しでも立ち止まれば涙が止まらない。
2度目のホームレス体験も紆余曲折あれど、たくさんの方のご好意に甘えさせていただき、且つ、その場その場で出くわす課題にまた、学ばせてもらうことができた、ありがたい日々だった。いよいよ、先ずの問題解決をし、家を借りることができた。契約者は私だ。保証人はなく、保証会社をつけた。社会的に私は再び住居を持った。

みんなの読んで良かった!