30代半ばのオッサンが起業した話 第5話
代表取締役は妻であったので、法務局に行って変更登記申請書を提出した。
申請書は自分で書いた。
これで、発起人でただの株主だった俺が社長になったのである。
受注したアプリ開発は、クラウドソーシングで見つけたエンジニアにお願いした。
基本的にはプロジェクト管理をやるだけ。
平日でも時間がある時は、ハーレーで走りに行ったりしていた。
自由に時間を使っていた。
多分世間一般の人がイメージするであろう『社長』のような生活をしていた。
前の会社を辞めてから、1~2ヶ月は給与も振り込まれていたので良かったが。
それが終わった6月。資金難に陥る。
個人のクレジットカードの返済が滞ればブラックリストに入る可能性が高くなる。
自転車操業してでも返済したかったが無理だった。
もう、どのカードも利用限度額いっぱい使っていたのだ。
この時から5ヵ月後の11月、再びカードの返済が滞り、1枚のクレジットカードが使えなくなったと同時に、俺のほぼ全てのクレジットカードが使えなくなった。金融事故、世に言うブラックリスト入り。
全ての返済を終えてから5年後まで、クレジットカードの新規発行も、ローンも組めなくなるのである。
会社の資金繰りも厳しかった。割と小規模なWEBサイト制作などの案件はコンスタントに受注していたが、その当時の生活費等々を考えれば本当に厳しかった。
社長になったら、趣味のハーレーのカスタムでもしよう、とか。ブーツも欲しいなぁ、なんて甘いことを考えていたが。
個人としての物欲が一切無くなった。というより意識的に消滅させた、と言うのが正しいかも。
この頃から毎月末の支払いのことを考えると胃が痛くなった。
家の支払い等は全て妻に任せていたが、全ての支払いを把握する意味でも俺が引き受けた。
このまま逃げたら、明日が無い気がした。
全ての支払い、期日、金額をエクセルに書いて、その日までに必要な金額が入金されるように、受注した案件の請求期限を合わせていった。
売上を上げるとか、そんなポジティブな発想ではなく、とにかく支払いが滞らないように。
ついでに、自動車ローンなども含め、今現在の借金の総額がいくらなのかも調べた。
その総額350万円。
お先真っ暗とはこのこと。正直逃げ出したかった。
そう、逃げ出したのである。仕事を依頼していたエンジニアが。
「もう出来ません」そんな、そっけないメールとともに、開発中のソースが添付されている。
次の日には、クラウドソーシングのアカウントも削除されていた。
納期は迫っている。他のエンジニアを探してお願いしたが、結果的にはこっちも1ヵ月後に逃げられる訳であるが。
この当時はよくサラリーマンをしてた頃の夢を見た。
同僚と何気ない会話したり、かったるいなーと思いながら仕事したり。そんな日常に心底戻りたかった。
でも夢から覚めて、居間に行くと、確かにそこには会社を作った時に購入した小さなデスクがある訳で。現実に引き戻されるのである。全てを放り出して逃げ出したかった。
正直、起業したことを悔いた。
ただ、お客さんに会う時や、知り合いの社長に会う時は、努めて明るく振舞った。
「調子どうですか?」なんて聞かれたら『絶好調です!』と軽く答えていた。
これは実兄の教えによるところが大きい(実兄も会社経営をしている)。
「高志いいか。社長の器ってのは苦しい時に決まる。苦しい時、悔しい時、泣きたい時こそ笑え!」
それを忠実に貫いた。
笑う門には福来る。
そして事態は少しずつではあるが好転してく。
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