母に抱く殺意 第7章
私の誕生日から1週間後の朝8時すぎ、携帯が鳴った
「●○病院ですが、高橋夏子さんの携帯ですか?」
「はい、高橋です」
「お父様の呼吸が止まりそうなので、すぐに病院へ来てください。お母様は連絡が取れなくて…」
「わかりました、母には私からも連絡します。すぐに向かいます」
すぐに家を出て、母や姉、夫、伯母に連絡を入れた
病院へついて、父の病室についた時、病室には誰もいなかった
父は息をしていない、もう亡くなった後だとすぐにわかった
間に合わなかった……でも、看護師も医師も誰もいてくれないの?
延命しなくて、本当に良かったのか?
今からでも延命したほうがいいのか?
でも、父がこの世から去ることを選んだんだ、そう思った
やっと何もかもから解放されて、ゆっくり出来るんだ…
泣きながら、まだ暖かい父の手をさすった
この温もりが冷たくなりませんように…
(その後、死亡診断書の記述から、私が到着する5分以上前に父が息をひきとったことを知った。延命処置を望んだとしても、蘇生の可能性は限りなく低い時間が経過していた)
父の傍で、抜け殻のようになって座っていたら、母と姉が到着した
後見人の手続きを始めてから、3人が揃うのは久々の出来事だった
姉は取り乱す様子もなく少し涙ぐみ、母に気を遣って母だけ残して姉と部屋を離れ、葬儀の話をどうするか話し始めた
いつまでも、病院にいるわけにもいかず、すぐに決めなければならなかった
母とも話そうと姉と病室に戻ったが、母はすでにいなかった
看護師さんにお世話になったお礼を伝えて、帰ったらしい
姉は呆れ、怒りが頂点に達しながらも、葬儀社を手配し、父の亡骸を乗せた車を伴い実家に向かった
父を住み慣れた我が家で寝かせてあげたかったが、母が家に籠城し、家の鍵を開けなかった
姉も私も家の鍵を持っておらず、家族全員の合意で、いつも決まった場所に鍵を置いていたのだが、その鍵を母は隠していた
父を乗せた霊柩車と、姉、葬儀社の方が玄関の扉が開くのを待っている
電話も出ない、インターフォンを押しても無視、玄関のドアが木製だったから、蹴破ろうと思ったが、母が警察を呼びかねないので、我慢して、そのまま葬儀場へ向かった
(私がぐれていた時、木製のドアを蹴破り、たまたまそばにいた人にけがを負わせ、父が諸々を弁償したことがあった。古い木製のドアだったので、蹴破れるかもしれないと本気で思ったが・・・)
ドアを蹴破ったら、母は器物損壊罪で私の逮捕を望む可能性があった
父が亡くなって、さらに父を残していなくなった挙句に、父の長年住んだ家にもいれない母、もう何もかも、言葉にならなかった……
自分の感情以上に、父が可哀想でならなかった
形は違えど、やっと自宅に帰れたのに。
葬儀場に姉家族、夫が到着、伯母たちも夫婦で揃った
義母が私が数珠を持っていないだろうと、夫に私の分まで持たせてくれた
そんな心遣いが、身に沁みるようにありがたかった
母の姿が無いことに、伯母たちは激怒
私から母の親戚に電話をしたが、母の親戚は一切知らないと言い切り、私が悪いから母がそうするんだと言い、電話をかけたことが迷惑そうで、会話するのも辛く、手短に電話を切った……
実家にも行ったが、結局、母は出てくることはなかった
父の亡くなった翌日が、通夜。翌々日に告別式と決まり、皮肉なことに、告別式の日は、姉の誕生日だった。
伯母たちは、母の態度に激怒したり、父の死を嘆いたりしていたが、父のことが不憫で悲しみもさらに深くなり言葉数が減っていった
通夜の夜、姉と私は父の傍に座り弔問客に挨拶をし、伯母たちは弔問客と話をしたりしてもてなしてくれた
通夜には、父の会社の方、義父母、姉の義父母、近所の方など、たくさんの方が来てくれた
父は地域の役員などを引き受けたりして顔が広かったので、地域の方も多かった
弔問客の中に、見知らぬ顔の女性3人組がいて、誰かわからないまま姉と私は頭を下げた
すると、その3人組の1人が
「娘がいじめるから、〇○さんはここにいれないんじゃないの?!」
小さな声で、そう言った
“あっ、母の同僚か…!”
言いたいことは山ほどあったが、今はそんなことを言う場ではない、ぐっと唇をかみしめて黙って一礼するしかなかった
姉は唖然としながらも、黙っていた。自分のことではないと思ったからだろう
母の周りの人間には、多分 相当私は親不孝者な娘として伝わっているのだろう…何も事情を人の言葉など、もう気にならなくなっていた
父の通夜で、弔問客に頭を下げる娘と、妻でありながら亡骸を家にも入れず、通夜を放棄する母とどちらかまともなのか?
追記・・・母には、父の親族の葬儀をすっぽかした過去があった。
父の父(祖父)が亡くなった時、まだ父の母(祖母)が生きているからと、すべて欠席。
そしてその祖母の葬儀の時、父は喪主として真っ先に実家へ帰り葬儀の段取り
母は電話で父と大喧嘩になり、「来なければ離婚する!!」という父の言葉に、渋々行くことを決め、父から私に母を連れてくるよう連絡が来て、行き方のわからない母を連れて、私は父の実家を目指した
祖父母の入院生活、のちの顛末、その出来事をすべて知っている伯母たちは、母に対し怒り心頭どころではなく、殺意に近いものがあっただろう
母に殺意を抱くのは、私だけではなかったのだ
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