本来の自分について~22年間自分壊しを続けた私~4

前話: 本来の自分について~22年間自分壊しを続けた私~3
次話: 本来の自分について~22年間自分壊しを続けた私~5

先ほどの女性の言葉の中で、ジェンダーというのは、難しく言うと社会学的性差のことをいいます。人がその性別の違いで、それぞれの社会によって作られている社会習慣とか行動規範のことです。


例えば、日本社会では男性は通常スカートをはきません。しかし、スカートはスコットランド地方の男性の民族衣装だったそうです。それを19世紀にファッション界で女性のファッションとして流行らせましたから、今スカートを男性がはかないのは当たり前になったという説があります。



そういう風に、今男女として当たり前のことが、実は社会的に歴史的に影響を受けている場合がある、とその時知りました。




自分が当たり前と思っている考え方や行動も、ジェンダーのせいかもしれない、そう思って生活していますと、例えば歩き方とか、食べ方とか、いつの間にか自分が男性らしくやっていることに、ふと気づきます。




そういえば、昔小さい頃、父親から一緒に道を歩いていたとき、


「歩き方がなってない」


と叱られたことがあることを思い出しました。もっと外側に足を開いて歩けと言われて、何で?と思ったけれど従ったことがありました。



そういったことに気づきますと、

「・・あ。」

と思いついたような感じで、それまで当たり前だと思っていたことが崩れるのです。それは、それまでの自分が新しい自分に捉え直されて、置き換わるような気がしました。そして、それはとても面白い体験でした。


また、崩れることに気づくのは、最初のあたりは恥ずかしさや恐れがありましたが、何度か経験するうちに慣れてきました。




そのあと私は野外活動のキャンプリーダーなどをやるようになるのですが、そこであぐらをかく女性リーダーに出会ったことをよく覚えています。私は、それまで人前で(人前でなくても)あぐらをかいている女性に出会ったのは初めてでしたから、ちょっとびっくりしました。


でも、キャンプ活動などではあぐらをかくのが一番安定して座れるでしょうし、いちいち座り方を気にしている暇がないですよね。そして、女性があぐらをかいている姿は、そういったジェンダーのことを知った後では、何か美しいなと思いました。これまでとは違う視点で女性を見ているような気持ちになって、ちょっと感動しましたね。





自分が崩れますと、自分の視点がより広がって深まっているような気がします。

単に何かがわかったというよりは、それが自分の体と連動して、何だか新しい自分になったように感じました。単純に言いますと、より自由になった気持ちでした。


私は自分を崩し、自分を深めることにどんどんハマっていきました。

残りの学生生活の中で、いろんな経験をしていく内に、自分の内心、親や知人との関係、自分の過去に対するイメージなども、思い込みや当たり前だと思っていたことをどんどん崩していきました。いつの間にか崩すことが快感になっていき(内心ちょっとアブナイ奴かなあと思ってました。)、崩すというよりは壊すというような意識的な行為になっていきました。





自分を壊すことは、自分の減少ではありません。

むしろ狭い自分から、より広い自分への変化です。そして、これはずいぶん後から気づくのですが、それは広い自分に成り代わるのではなくて、元の自分を壊した後に「既に広がっている」ものです。


それを初めてそのことをこの時点で感じられたのは、良いことでした。

続きのストーリーはこちら!

本来の自分について~22年間自分壊しを続けた私~5

著者のMiyoshi Hirofumiさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。