本来の自分について~22年間自分壊しを続けた私~6

前編: 本来の自分について~22年間自分壊しを続けた私~5
後編: 本来の自分について~22年間自分壊しを続けた私~7

・自分と思っていた自分の発見



以前書いた一連の文章は、悩みに苦しまなくなった私の軌跡を書いた文章でした。


不安の解消について~22年間自分探しを続けた私~


今の私は確かに悩みに過度に苦しむことは無くなりました。

その後になって段々と、では私は一体何を見つけたのか、ということが分かってきました。





過去の私は、新しくより素晴らしい自分になることを目指し、そして失敗し続けました。失敗ばかりの自分でしたから、先生の話す提案を受け入れることができました。


そして、もう悩むことも悩まないこともどっちでも構わない、ただそのままでいることを実感して、一気に見える世界が変わりました。




それは、本来の自分との出会いでした。そして、それよりも驚いたのは、それまでずっと意識していた自分とは、全く自分だとはいえないことに気づいたことです。





自分の性格、タイプ、考え方、自信、劣等感、理想像、夢などなど、これまでこういうものが自分だ、と思っていたものが、そうだとはいえないものだ(そうではない、ではなく、そうだとはいえない、です)、ということがはっきり分かりました。




それまでの私は、自分が自分で世界に進んでいくという感じで、生活や仕事をしていました。


例えば、朝起きて、家を出て、職場に向かい、帰り道に買い物をして、家に帰って、とまあ、当たり前の日々の感覚です。私が、前に進むことで、何かが始まり、終わっていきます。


決定権や選択権は、制限はあるけれど基本的に私にあり、それを上手にするのも、下手にするのも、私が考えて変えることという認識です。





これが今になりますと、ちょっと変わります。

朝起きるとか、家を出るとかいう動作は変わりません。ただ、自分が進んでいくというよりは、外が開けてくるという感じです。これはイメージでは、バスや電車の一番前の席に座って、前からの風景を眺めている感覚に近いです。


何かがやってくる、変化する、消えていく、それが絶え間なく起こりながら、一瞬一瞬が続いていく、そんな感じがします。






この外が開けてくるのを、ただただ受け入れながら、その一瞬の自分に委ねるという感覚、これが私が感じた「本来の自分」です。


対して、それまでの自分というのは、自分が苦心して作り上げた粘土細工のような、一見ちゃんとした形をしているけれど、自分とは違うものだと感じるようになってきました。



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本来の自分について~22年間自分壊しを続けた私~7

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