オーストラリア留学中にネット中傷被害に合い、裁判を起こした話(8)
どんどん卑屈になっていく気持ち
Deanaが偽アカウントを作ったことを認めたことを報告するため、私はチェルシーと再び警察署へ行き、マイクに会った。Deanaがチェルシーとのやり取りの中であっさりと自分の仕業だと認めたことに、マイクは驚いた様子だった。
そんな馬鹿げたことを自分はするつもりは無いが、もし自分がDeanaの立場だったとしたら、絶対に隠し通しただろう。なのに、知り合って間もないチェルシーにあっさりと白状したDeana・・・彼女の頭が良くなかったことは、不幸中の幸いだった。
だが、Deana本人が認めたにも関わらず、マイクはこのメールのやり取りを証拠としては使うことはできないと言った。証拠として採用されるには、チェルシーの名前を明示した上で警察に提出する必要があるのだが、チェルシーが拒否したからだ。
万が一、Deanaがチェルシーが私を助けるためにわざとメールをしたのだと知ったら、次の嫌がらせのターゲットは確実にチェルシーになるだろう。チェルシーが匿名にこだわったのは理解できた。
私はもどかしさを感じながらも、それ以上名前の明示をチェルシーに頼むことはできなかった。
チェルシーは十分過ぎるほど、私を助けようとしてくれたのだから。
これ以上、迷惑をかけるわけにはいかないと思った。
警察署を出て、帰宅するチェルシーと別れて、私はトラムに乗った。
当時、私はプリぺイド式の携帯を使っていたのだが、偽サイトと出会い系サイトで番号を晒されてしまった以上、同じ番号を使い続けたくなかった。その日の朝のように、出会い系サイトの利用者から連絡が来ることも怖かった。
メルボルンには日本人向けに格安SIMのレンタルサービスを行っている会社があったので、私はそこでSIMをレンタルして番号を変えることにした。
トラムに乗っている時、また知らない番号からメールが届いた。朝のRickyとは別の番号だ。
メールの内容はRickyの最初のメールと同様で、Hi I'm xxx, are you Mami? といった内容だったかと思う。そして、次の瞬間、その番号から着信があった。
私はその電話にあえて出た。
その人物がどこで私の番号を見つけたのかを聞き出し、出会い系のサイトの私のプロフィールは嫌がらせの為に作成されたもので、私の意思ではないと伝えたかったからだ。
この時の電話の相手も、やはり同じ出会い系サイトを利用しており、私からメッセージが届いたので連絡したのだと言った。
私は出会い系サイトにあるプロフィールは中傷目的で作られた偽物で、なので連絡を取ることはできないと言った。電話の相手は素直に聞き入れ、電話を切った。
私はすぐさまアイに電話をかけた。もう仕事は終わっているはずの時間だ。
アイはまだ、出会い系サイトでも私の偽プロフィールが公開されていることを知らない。
アイにも状況を報告しなくてはと思ったのだ。
今このように書いていると、私は冷静だったように見えるかもしれない。
実際のところ、私は完全にパニックになっていた。
不安で不安でたまらなかった。誰か信用できる人に、日本語で状況を相談したかった。
一番身近で、日本語で話ができて、事件が起きた経緯を知っている人物はアイだけだった。
アイに話を聞いてもらいたかった。
今思えば、本当に本当に、ほんっとうに、自分はバカだった。
警察署まで一緒に来てくれたアイ。
アイは当然、この嫌がらせを深刻に受取り、共感してくれていると思っていた。
それは、大きな、大きな間違いだった。
出会い系サイトのこと、Deanaが偽アカウントを作ったと認めたことを聞き、アイは驚いているようだった。大丈夫?と心配する言葉もかけてくれたが、それ以上のことは無かった。
別に何か特別なことを期待していたわけではない。だが、証拠を得るために、嘘をついてまでDeanaに連絡を取り、決定的な証拠をつかみ取ってくれたチェルシーとは対照的に、まるで自分は騒ぎの外側にいるかのような態度に感じた。
Deanaを私たちに紹介したのは誰?
最初の偽アカウントが見つかった時から、私は何度も心の中でそう思っていた。
Deanaが私に嫌がらせを始めるきっかけは誰が作ったの?
何度も頭にその言葉が浮かび、必死で否定した。
当時の私は全く冷静さを保てなんていなかったが、友達を責めるなんてことはしたくなかった。
そして、たとえ真実がそうであったとしても、それを口にすべきではないと思っていた。
あの時、もっと自分の気持ちに素直になっていれば・・・
あの時、言いたいことをアイに言っていれば・・・
素直に、お前のせいでこんなことに巻き込まれたんだ!とどうして言わなかったのか。
あとであんなに苦しむくらいなら、どんなに嫌われようが自分の気持ちをぶちまけるべきだった。
気がついた時には、既に遅すぎた。
次に警察でマイクと話ができる日は、3月3日の日曜日だった。(マイクのような制服警官は、終日パトロールで外出している日と内勤の日があり、警察署で話ができるのは内勤の日だけだった。)
私は日曜日にもう一度警察署へ行き、マイクと話をするつもりだった。アイにもう一度、警察署へついて来てほしいと伝えたところ、午前中ならたぶん大丈夫だという答えが返ってきた。どうやら、お昼以降に何か大切な予定があるような言い方だった。アイの言い方に本当に一緒に行けるのか不安を感じたので、私は留学生仲間の友人の一人にも警察署への同行を頼むことにした。
SIMカードをレンタルしてから、私は帰宅した。その日の夜も、とても眠れる気分ではなかった。翌日は、ビクトリアマーケットのジュエリーショップでバイトだ・・・早く眠らなければまずい・・・そう思えば思うほど、ますます眠れなかった。
どうしても眠れなかった私は、友人の一人とメールを始めた。
この友人の名前は、シンジ(仮名)。シンジとは、嫌がらせが始まる数日前に知り合った。
私が当時通っていた専門学校は大学併設だったのだが、シンジはその大学へ日本から派遣されて来ていた大学院生だった。シンジは別のキャンパスで、全く異なる分野を勉強していたが、同じ学校の日本人学生ということもあり友達になった。
シンジとは知り合って日も浅かったので、私は完全に彼を信用していたわけではなかった。内心、シンジもDeanaのような人物だったらどうしよう・・・という警戒心はあった。だが、シンジは嫌がらせが起きた日から心配して連絡をくれ、私が眠れない日は2時、3時まで話を聞いてくれた。
ここまでシンジが私に優しく、親身になってくれたのは理由があった。
シンジ自身も、過去に女性から逆恨みを受け、ストーカー被害にあっていたからだ。シンジ自身のプライベートな話になってしまうので詳細はここでは伝えられないが、シンジをストーカーしていた女性の行動パターン、ストーカー行為の手口はDeanaに酷似していた。
Deanaの嫌がらせが始まって以来、
「なぜそこまで怖がっているのかわからない」
「無視すればいいだけじゃないか?」
「別に、実際に何かされたわけではないでしょ?」
「もっと強くなって」
友人、知人の一部からはこういった声があがっていた。
そんなこともあり、嫌がらせが始まってから日が経つにつれ、
「誰も私の気持ちなんて理解していない」、「お前らに何がわかる?」、「誰が私と同じ目に合ったことある??」
という卑屈な気持ちが自分の中でどんどん大きくなっていた。
そんな状況の中、過去に似た理不尽な目に合い、私の気持ちをわかると言ってくれたシンジの存在は地獄に仏だった。
シンジは、自分自身がストーカー被害に合った時には、ただ耐えることしかできず、何もできなかったと私に話してくれた。そして、相手も人間なので、この状況がそう長く続くとは思えないと。
「負けないで。Deanaとかじゃなくて、自分に。」
シンジが送ってくれたこのメッセージは、その後の私のメルボルン生活の支えになった。
アルバイトを辞める
3月1日(金)
とても働けるような精神状態ではなかったが、アルバイト先のジュエリーショップに向かった。
Deanaは、私がビクトリアマーケットのジュエリーショップで働いていることを知っている。
他にもジュエリーを売っている店はあったが、一軒一軒見てまわったとしても、簡単に私のバイト先を見つけることはできるだろう。
実際のところは、Deanaはネット上でしか行動を起こせない臆病な人物だったのだが、冷静さを失っていた私はDeanaの行動がエスカレートするのではないか、実際に危害を加えられるのではないかと恐怖を感じていた。
店に着き、先輩店員に挨拶をした時、私の顔を見た先輩店員は非常に驚いた。
先輩いわく、私の顔は完全に死んでおり、憔悴しきっていたらしい。
ただならぬことが私に起きたのだとすぐにわかったと言われた。
このお店は、非常に接客態度を大切にしているお店だった。
死んだ顔で店に立つなんてあり得ない。
その日のシフトが終わった後、私は店のオーナーに何が起きたのかを全て話した。
そして、嫌がらせを行っている人物にビクトリアマーケットで働いていることを知られており、最悪お店まで特定されてしまう恐れがあること、笑顔で接客することが非常に難しい状況であること、
今回の事件のせいでこれ以上迷惑をかけたくないという気持ちを伝えた。
実は、私はジュエリーショップでの接客に慣れておらず、同僚と比べて明らかに接客レベルが劣っていた。オーナーは私の問題点を承知していたにも関わらず、クビにせずに雇い続けてくれ、その上お店の販促物といったデザインのチャンスまで与えてくれた。だからこそ、このような心理状態で働き続けることで、お店に迷惑をかけてしまうわけにはいかないと思った。
結局、私はその日を最後に店を去ることになった。
Facebookから離れよう・・・
その頃の私は、2つの相反する気持ちを抱えていた。
1つ目は、とにかく警察に動いてもらって、Deanaに刑罰が下って欲しい、Deanaによって流出した私の個人情報、写真がこれ以上拡散することを止めたいという気持ち。
2つ目は、来週からは学校に戻り、学業に集中したい、元の生活に戻りたいという気持ちだった。
自分でも、これ以上動揺し続けることが自分の生活に悪影響しか与えないことは気づいていた。その為、私はFacebookを使うことをしばらく止めようと考えた。
また、私は最初にアイと警察署へ行った時に、自分のFacebookアカウントのログイン情報(メールアドレスとパスワード)を提出していた。今後、捜査の為に警察が私の投稿内容や友人達とのやり取りを見るかもしれない状況で、これまでのように使い続けることなんてできなかった。
日本にいるとなかなか実感しないが、海外生活でFacebookの影響力は比べものにならないほど大きい。例えば、私の通っていたグラフィックデザインのコースでは、情報共有と卒業後のネットワークのために教員の主導でFacebookにグループを作っている。
ワーキングホリデーや留学生として世界中から人々が集まるオーストラリア。当然、世界各国の知り合いができるわけだが、帰国後のことも考えると一番信頼できる便利な連絡手段がFacebookのメッセンジャー機能だ。
つまり、Facebookの使用を止めることは、嫌がらせに全く関係の無い友人とのつながりや情報を自ら遮断することを意味していた。
私は日本の大学在学中にニュージーランドに語学留学をしていたのだが、その頃の友人もFacebookにはいる。社会人になってからはなかなか連絡が取れず、ニュージーランドを離れて以来会っていない人たちだったが、たくさんの懐かしい思い出を共有している彼らとのつながりを絶ちたくない気持ちもあった。
私はしばらくの間、Facebookを見ないことに決めた。
友人とのやり取りにメッセンジャー機能を頻繁に使用していたので、Facebookを使用しない間も連絡を取りたい友人からはEmailアドレスを教えてもらい、今後しばらくはEmailで連絡を取りたいことを伝えた。
アイからもEmailアドレスを聞いた。前日、電話で話した時に、Deanaが偽アカウントを作ったのは自分だと認めたことを伝えていた。そして、後で証拠のスクリーンショットをアイにも見せると言った。
私は日曜日の予定の確認とスクリーンショットを送る為、アイに以下のメールを送った。
日曜日、11時にサザンクロス近くのGloria Jeansに集合で大丈夫?
(※サザンクロスとは、警察署の最寄りの駅名)
アイからは、"メールを読んだよ、11時に集合了解"との返信が携帯のメールで届いた。
しかし、私が送った証拠のスクリーンショットに関しては一切触れられていなかった。
意図的に避けているように感じた。
そして、この時の私の悪い予感は後に的中することになった。
(警察署の最寄駅、サザンクロス駅の駅前。暗くてわかりませんが、待ち合わせ場所のGloria Jeansは左手のビルの1階にあります。)
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