フィリピンで警察に捕まって帰れなくなった日本人の話パートⅤ
私達の会話をよそに部長一人だけ不安で仕方ないといったそぶりでした。
「もちろん、明日の朝に救出に行きます。」
指に付いたケチャップを舐めながら私が言うと
「そのまま日本に帰ったほうが良いね、警察署から直接空港に車を回すように手配をするよ」
スパゲティーの真っ赤なケチャップが白いシャツに付いてしまい濡れたティッシュでそれをぬぐいながらエルソンは淡々と話していました。
「救出って、いったいどうやって・・・被害届もあることだし簡単には釈放できないのでは・・・?」
もはや、食事ものどに通らないといった部長はしきりに水を飲みながら事の成り行きを知りたがっている様子でした。
「被害届は出ていません」
「そ・・そんな・・・」
「出てないということは、何もありません。彼は加害者でもなく犯罪者でもありません、なので留置している理由がありません。」
警察の端末にアクセスし、日本人の事件を確認していましたが、そんな事件は一切上がって来ていません。
「今の段階では彼は無実です。きっともっとお金が取れるだろうと思い被害届を出さないで拘留しているんだと思います。無実の人間が日本に帰るのにはなんら問題の無いことでしょう」
「ただ、すんなり釈放というわけには行きません。今回はNBIでも彼のことを調べたいといい、いったん彼を警察署から出します」
「そうして、調べたけど犯罪もなにもない。彼は無実で釈放されます。」
「釈放された人は無実ですから何処に行こうが勝手、普通に空港から日本に帰っても問題は無いわけです。」
「いうなれば・・ミッションザ脱獄だな」
「刑務所じゃないんで脱獄は変だよ」
「そうか・・・じゃなんていうんだ?」
帰れるのか・・・・きょとんとした部長の顔でしたが次第に生気が戻ってきたように見えました。話のつじつまが部長の思考回路の中で繋がって来たんだと思います。
「そんな簡単な事で私はボロボロになるまで悩んでいたんですね」
初めての人は戸惑うと思いますが、それが彼らのパターンでした。そうして日本人を餌食にして日本人が日本人を騙す手口が横行していました。
明日の午前中に日本行きの便を手配してください。エルソンはオフィスで待機、警察署へは若い署員が救出に向かいます。私と部長は空港で待機しましょう。
アロハ君を救出して車はそのまま空港へ向かいます。空港に着いたらすぐに出国してください。
「それにしてもあの詐欺師の日本人は何とかしなきゃ・・・」
「今までこの国で長年渡り歩いてきたんだ、そうとうな詐欺師だと思うよ、油断はしないほうがいい」
「アロハ君と部長の連名でマニラで詐欺の被害届を出して下さい。今度はこちらが奴を逮捕します」
「異国の地で日本人を騙し、今度はその日本人が刑務所に入るんですね・・・なんか悲しいです。日本の助け合いの精神って何処にいったんでしょ?」
「大丈夫。ここにしっかり根付いているじゃないですか」
NBIの署員を見ながらしみじみと感じました。お金のためだけじゃない。そんなフィリピン人も多くいると・・
翌朝、ホテルのロビーにはキチンとひげを剃り、帰り支度をすませた部長の姿がありました。
少し照れくさそうにこちに会釈をしながら、大きなトランクを二つ引きずっていました。
「ひとつはアロハ君の荷物ですか?」
「あっ、はい、奴の荷物が入っています。奴の部屋から私が荷物を詰めてきました。部屋が散らかってて荷造りするのは大変だったですけどね」
ミッションの朝、NBIの若い署員はカピテの警察署に入り、日本人の引き渡し要請をかけました。
「ここに日本人が拘留されているな?NBIでも調べたいので引き渡して欲しい」
エルソンの用意した取り調べ依頼書を見せてアロハ君の身柄をこちらに引き渡すよう要望しました。
「あっ、ご苦労さん、はい分かりました。」
部長が「そんな簡単でいいのかよ!」と怒るくらい簡単に身柄を引き渡したといいます。例の詐欺師の日本人の指示だと思っていたのかも知れません。
午前発のJAL便は比較的空いていました。当日発券のチケットは正規料金で割高でしたが難なく2人分の席を確保出来ました。
「部長、今度こそお別れです。長い間ご苦労様でした。」
「いえ、こちらこそ本当になんとお礼を言ったらよいか」
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