④マグロ詐欺を繰り返していた詐欺師集団と戦った話

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前編: ③マグロ詐欺を繰り返していた詐欺師集団と戦った話
後編: 【ファイナル】マグロ詐欺を繰り返していた詐欺師集団と戦った話

以前私がマニラに滞在中に、ある日本人の社長がフィリピン人とビジネスのトラブルを抱えていてホテルの22階のバルコニーから突き落とされました。見せしめのため、両手足を椅子に縛られ椅子ごと落とされた事件がありました。


また、ミンダナオでは鉱石の買い付け価格が安いと現地駐在員の日本人の生首が会社の入り口に飾られていました。


どれも日本の新聞では「邦人事故死か?」と小さな見出しで片づけられていますが、私が滞在中だけでも15人の日本人が殺されました。しかも、それ以上にフィリピンでは多くの日本人がビジネスの失敗で行方不明になっていると聞きます。

マニラへの入国審査場、ここを過ぎればフィリピン国内です。相手の大きさや手の内がまったく分らないため緊張します。もしかしたら全てが相手に知れ渡っており、私も菊池さんと同じ立場になってしまったら菊池さんどころか自分も無事では済みません。


空港にはNBIの職員が迎えてきてくれていました。「私はそっちに(入国しても)大丈夫か?」と大きなゼスチャーをしましたがうまく相手に伝わらなかったようです。早く来いといわんばかりにこちらを見つめています。

私は覚悟を決めてパスポートを入国審査官に手渡しました。



無事に入国後、すぐにNBIオフィスに向かい菊池さんと再会をしました。


意気消沈しうなだれている菊池さんを想像しましたが、NBIの応接室はとてもきれいな部屋でノートパソコンで仕事をしている菊池さんは拘留者のそれとは程遠い、さしづめ現地の駐在員といったイメージでした。



出国前に日本で買った菊池さんリクエストの「かつ丼」を差し入れしばし作戦会議をしました。




菊池さんもNBIのオフィスでいろいろガマ社長の事を調べていたそうです。「いろいろ分りましたよ、ガマ社長は詐欺の確信犯ですね」




詐欺の手口はこうでした。まず女形の社長が日本で会長のような小銭を持っている日本人に近づきフィリピンの投資話を持ちかます。フィリピンンのマニラには立派な工場がありますのでいかにもすぐにでもビジネスが出来ると信じ込ませます。




そこで絞るだけ絞り相手が「いつビジネスをスタートするのか」と文句をつけてくるようであればフィリピン人に依頼し脅す、もしくは刑務所に入れてしまう。最悪は始末をしてしまう。そうして長い間フィリピンで生きてきたそうです。




女形の社長はあくまでも紹介者であって第三者的な立場。「実は私もガマ社長に騙されました」と泣きを入れてくるそうです。


会長の前には少なくても3人の日本人が餌食になったようです。

その三人も何とかガマ社長を訴えてお金を取り戻そうとしたようです。




しかし、そのうち2人は未だにフィリピンの刑務所から出てきていないそうです。



もう一人は行方不明・・・






「明後日の裁判まで私もマニラでやる事があります。」




「その用意がありますのでしばらくは顔を出せませんのでご勘弁ください」




「用意って?出かけるにもくれぐれも気をつけてください」




「私はこれからガマ社長のとこへ行ってきます」





「ガマ社長?大丈夫ですか?そんなところへいって・・・」





「もと傭兵のボディーガードがいるので大丈夫ですよ」





「いや、そういうことではなく・・・」



火中の栗を拾う・・・菊池さんの言いたいことは分っていました。




しかし私には確かめておかなければならない事とやらなければならない事がガマ社長のところに残っていました。怖い思いはありますが、ガマ社長からすれば私はまだまだビジネスパートナーとして残しておきたい存在だと思っていました。




いぶかしげに私を見ている菊池さんに






「商社マンって意外とえげつないかも知れませんよ」



一言残しNBIオフィスを後にしました。




二日後に裁判所から証人としてガマ社長と共に私が呼ばれていることと、私がガマ社長との面談を要請したことでガマオフィスには日本から女形社長も同席していました。さしずめ私の様子を伺うといったところでした。




「船の裁判とは関係ありません。今日は仕事の話で来ました。御社で取り扱っている業務用冷凍器具、真空パック。これらを使いマグロの柵をパッケージしてもらえませんか?」




ガマ社長

「マグロの柵を真空パックなんてしたら色が持ちませんよ、日本には生じゃなきゃ」




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