我が子を抱くまで14年。 ‐②‐

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2回目の妊娠と2回目の結婚。



前夫と離婚後、趣味で続けていたスポーツで現夫に出会いました。
出会ったと言っても、地元が同じ男の子だったので私は昔から知っていたのですが、夫の方が4学年下なので私の事はその時初めて知ったのだそうです。

そのスポーツは前夫と交際している時から始めたものでしたが、自分が興味のないものには理解を示さない人だったので ただ運動しているだけなのに「頭がおかしい」と良く言われていたものです。
でも負けずに続けていて良かった。


現夫との間での最初の妊娠は、2008年31歳の時。

元々生理不順で産婦人科に通っていた私はその頃基礎体温をつけていました。
基礎体温をつけていたのに、そのグラフがガタガタすぎて妊娠に気付かず。

なんだか気持ち悪いと思って受診すると既に赤ちゃんの心拍が確認できる状態になっていました。
ですがこの妊娠も初期から出血が続き自宅安静、そして8週で入院。
妊娠3ヶ月という初期なのに子宮口が柔らかいと言われました。

点滴漬けの毎日。
寝ても覚めても悪阻に悩まされ、シャワーも一切入れません。
出血も良くならず、私の気持ちはどんどん落ちていきました。

予期せぬ妊娠だったこともあり心がついていかず、病室の窓から飛び降りたいと思ったことさえ。


そんな毎日を過ごすこと2ヶ月。

相変わらず悪阻に悩まされていたけど。私は妊娠5ヶ月に。
出血が少し落ち着き点滴をはずすことになり、病室外にも歩行許可が下りました。



7月14日 17週6日
朝からお腹の調子が悪く、下腹部に突っ張ったような嫌な痛み。

夕方になり点滴が再開になりましたが痛みは一向に良くならず増すばかり。
「これ陣痛じゃないですよね?」と看護師に聞いたけど、「陣痛だったらもっと痛いから」と言われて終わりました。

私は一生懸命我慢していたけど、夜21時くらいになって今度は便意のような感覚。
お腹が痛くでウンウン唸りナースコール。
心配した同室の方が「痛いね・・・」と私の手を擦っていてくれました。

看護師が来てバタバタしている間に私は破水。
そのままストレッチャーで陣痛室に運ばれ、診察すると既に赤ちゃんが出てきてしまっているからこのまま産みましょうと言われました。

たった一度の息みで出産。
18cmの小さな赤ちゃんでした。


火葬、埋葬・・・まさか自分が我が子の火葬をするなんて思ってもみなかった。
少しの骨が残り拾うことができました。

家に帰って冷静になると ぺったんこになったお腹の喪失感は恐ろしく大きくて、これからどうやって生きて行ったらいいのかわからなくなり大泣きで夫にすがりつくことも。
軽いうつ状態になり精神科に通った期間もあります。


テレビでも出先でも妊婦を見るのが辛くて羨ましくて妬ましくて本当に辛い毎日でした。


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我が子を抱くまで14年。‐③‐

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