我が子を抱くまで14年。 ‐⑧‐

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後編: 我が子を抱くまで14年。 ‐⑨‐

最後の挑戦。 「出産」



2014年8月12日 30週5日

前日の夕方から緊急帝王切開を考慮し絶飲食していたので、朝の回診で朝食は食べられるか担当助産師さんに聞いてみました。
「たぶん大丈夫だと思いますよ~」と担当医に聞きに行ってくれたので、心配してLINEをくれた夫には「大丈夫そう」と返信しました。

少しして戻ってきた担当助産師から出た言葉は「今日帝王切開になりそうです」でした。
張りは落ち着いていたからまさかの展開にびっくり。

担当医と部長先生が来て説明をしてくれました。
「もう糸部分スカスカ、あなたの場合は今までのこともあるし(なんであの時やらなかったんだ)って後悔するよりも、安定している今のうちに赤ちゃんを出してしまった方がいい」

納得でした。

すぐに夫や家族に連絡し、あっと言う間に手術の9時30分になりました。
緊張と不安で動悸が尋常じゃなかったです。

でも担当医は夏休みから帰ってきていたし、夜勤明けの担当助産師さんも「残業代はいらない」と言ってまで私の出産に立ち会って下さり本当に嬉しかったです。


手術はまた念入りな腰椎麻酔と、今度は術後のための硬膜外麻酔も装着されました。
切ってるなんて全くわからなくて、担当医の「子宮切開します」の言葉で今お腹切れてるんだ!と思ったくらい。

そして最後に鳩尾あたりをぐいぐい押されてちょっと気持ち悪かったけど、10時10分 39cm 1400gの男の子が誕生しました。
ずっと逆子だったのでおしりから誕生です。

オギャーと産声が聞こえてすぐに静かになり、私からは何も見えないので心配しましたが少しして小さいけれど元気に泣く声が響いてきました。
涙が溢れて止まらなくて、産まれたことへの安堵でいっぱいでした。

赤ちゃんはすぐに保育器に入れられNICUへ。
私は離れたところから一目見せてもらっただけで、その後も手術は続きました。
帝王切開の話が出た時に卵管結紮(避妊手術)をお願いしていたからです。

次の妊娠までは2年空けるとなると早くても39歳、しかもその頃息子は2歳です。
2歳の子供を置いて長期入院は可哀想だし、後遺症がない元気な子供かもわからなかったし。
そして何より、次の妊娠で無事に出産までたどり着ける確率は高くないからです。

現にこれだけやっても30週8ヶ月での早産でしたから、次はもっと早くなってしまう可能性が高いと思います。
それでも妊娠できる体でいると迷いが出てくることもあるだろうし、逆に妊娠したかも?と心配するのも嫌なので卵管結紮してもらうことにしました。


今思えば、出産後は眠らせてもらえば良かったです。

卵管結紮の後にシロッカーの抜糸、最後にレントゲン撮影と長くて長くて。
緊張でガチガチになっていた私は首と肩の力がうまく抜けなくなってしまい仰向けに寝ていることが苦痛で発狂寸前状態、無性に動きたくなるのを我慢してプチパニックな自分を落ち着かせようと必死でした。
二度と経験したくない。

部屋に戻ったのは11時30分くらいだったけど、具合が悪く夕方まで目が開けられない時間が続きました。

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我が子を抱くまで14年。 ‐⑨‐

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