【失敗中古車輸出出張体験談】6
48時間軟禁のボリビア滞在。パスポートは無事に返ってくるのか?
ずっとタクシーはぐるぐる回りながら下へ下へラパス市街へと下っていく。
パスポートのことばかり考えていた私は周りの景色を見て感動する余裕は全くなかった。
どれくらい走っただろうか?、一件の大きい家にタクシーは止まった。
「これがカルロスの家か。。。」中は大きなリビング、キッチン、お手伝いさん1人、
とても綺麗で落ち着いた雰囲気。ややこしそうな外見とは大違いだ。
泊まらせてもらう部屋に通されやっと一息。カルロスの奥さんが
「WELCOME TO BOLIVIA」と言って天然のコカの葉の入ったお茶を振舞ってくれた。
このコカは「コカ・コーラ」の元でもあるし、「コカイン」の原料でもある。
使い方を間違えなければ人にとってとても大事なものである。脳や体の緊張をとってくれて、
気分を落ち着かせてくれる。しばらく眠り、食事へと出かけた。
ステーキにライス、野菜盛り、ビール、これだけボリュームがあってたったの5ドル。
とんでもない安さに驚く。精神的な疲れもあってお腹がすいていたので夢中で食べた。
途中からビールの酔いと標高2000mであることを忘れて食べた為、脳が少し
酸素不足になり、ズキズキしだした。また家でコカ茶の世話になる。「せっかく来たのだから。」
ということで、会社に事情をFAXで連絡したのち、2日間はもうパスポートのことは忘れてボリビアの
ラパス市街を観光した。月の谷、フリーマーケット、夜の歓楽街、様々なところを見て回った。
そして、あっという間に2日間が過ぎ、仕事などカルロスとの商談以外全くせず
「社長にどう説明したらいいかわからないけど仕方ない。とにかく早く日本に帰ろう。」
明日日本に帰る、というかやっと戻れる。カルロスの部屋でそんなことを考えていた。
カルロスの話ではビザが無かったということでそのペナルテイUS$50.-で済むそうだし、
何とか帰れる。少し安心して眠りについた。しかし、何事もうまくいかないのが人生。
ましてここはボリビア。やはり揉めることになるのである。
翌朝、大使館に向かい受付で返還申請。さて、これで問題なく終わった。係員とカルロスが
世間話でもしているような態で返還手続きを行っている。そして係員がパスポートをカルロスに
渡そうとしたその時、上から大使館長のような方が降りてきて2人の話の腰を折ると、
そのパスポートを係員から取り上へ来てとジェスチャーした。せっかくこれで終わりと
思っていたのに。「一体何なんだ?」とカルロスに尋ねるとカルロスも分からず、「とにかく
2階へいこう。」赤じゅうたんのらせん階段を登って出てきたきれいな大広間。
そこに座っていた館長。これからどうなるのか?怪訝そうに館長を見つめる。
しばらくスペイン語でカルロスとやり取りが行われ、「何て言ってんねや?」と
カルロスに尋ねると、予想外の答えというか一気に怒りがこみあげてしまうような返事が
返ってきた。またしてもあのアリカのトランジットで切れたようなコトがボリビアで
起ころうとは考えもしてなかった。
2015年現在、ボリビアへ行くには大使館でのビザの発行は必要ないはずです。何があったかは
わかりませんが、私が日本に帰国してから3か月後にボリビア政府が日本人の入国に際しビザが
必要ないようにしたと連絡を受けました。カルロスは南米の楽天的テキトーな人だと私は認識して
いますが、日本のボリビア大使館で働いていたことは事実のようです。
今回も読んでいただきありがとうございました。
KEN
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