高木教育センターのありふれた日々(9)

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「中学校の8割くらいの男子は論外なのかな?」

 と尋ねたら、小さな声で

「・・・・全員・・・・・」

 と言った。驚いてしまった。優秀な彼女たちは、優秀な男子としか結婚しない。そうして、遺伝子に偏りができる。何千年もそういう蓄積があるのだろう。受験指導の場では、明らかな学力差があるのだが、その結果は何千年の蓄積の結果なのだ。

 ちなみに、私は田舎の小さな靴屋の息子で、自分が氏も育ちも優れていると言いたいのではありません。両親は尊敬していますが。現実を知ってもらいたいだけです。

  私くらいの年齢になると(50代)たいていの講師は疲れてくたびれ果てる。大学を卒業したての頃は

「全ての生徒を立派に教える」

 とか、学園ドラマの熱血教師のように落ちこぼれ軍団を救うイメージを抱く教師も多い。しかし、50代になると無力感が漂いはじめる。なぜか。それは、自分が指導した生徒が成人していくから。

「結局、『学校のクズ』と呼ばれたアイツは、今は『社会のカス』になった」

 と思い知る。感動的なドラマなど映画かテレビの中だけであることを痛感する。つまり、教育の力などほとんど無力であることを思い知るのだ。もちろん、どんなことにも例外はあるが、何千年の蓄積はそれだけ重く一人の先生の力など無に等しい。

  アホとはつきあわないという優秀な女子の気持ちを変えることなど出来ないではないか。学力の高い女子が、出世しそうな賢い男子と結婚したがる大きな流れはどの国でもいつの時代も変わらない。そんな流れを学校や教師に変えられるはずがない。

  刑務所のような学校より厳しいところで長期間「矯正」しても再犯率は4割とか。悪い人間は悪いので、身を守らなくてはならない。同情して殺されたら、たまらない。世界中にテロが広がり、難民に同情していたら自分や家族の命が危ないことを思い知ったことだろう。

  誰だって困った人は助けてあげたい。でも、それはリスクを伴う。受験指導で言うと、落ちこぼれていたら助けてあげたい。しかし、それはマジメな子を見捨てるリスクを伴う。

  マジメな子だって落ちこぼれている子が真剣なら手を差し伸べる。ところが、そういう子はたいてい素行不良なのだ。勉強そっちのけでサッカーばかりやり、授業中は私語ばかりで、話すことはエロ話ばかり。これでは、心の中で

「あの子は、迷惑をかけるだけ生き物」

 と思われるのも当たり前。それを、教師が強制的に机を並べさせて

「教えあおうね」

 ときれいごとを言うから

「ふざけんじゃねぇ!」

 となる。寝言は寝てから言え!

第八十九章

「味噌とクソの違い」

  私は英語や数学を真剣に勉強しているけれど、それは生徒指導に必要だし面白いから。好きだから。でも、だからと言って英語や数学に興味を持たない人を軽蔑したりしない。

  したがって、英語や数学ができない人をバカにしない。それが、多くの生徒の支持を集める理由だと思う。英検1級や京大二次で数学7割正解と公表していると、

「こんな質問したらバカにされるかも」

 とビビる子がいる。でも、しばらくすると

「あれ?この先生はどんな質問にも笑顔で答えるゾ!」

 と安心し始める。これは、どういうことかと言うと、学校には虚勢を張る教師が多いという意味だ。生徒の話を聞くと、受験的には覚える価値のない準公式を板書して悦に入っている教師が多いらしい。

  賢い生徒は、

「学校の先生がワケの分からない解き方をしていたけど、これではダメ?」

 と尋ねてくることがある。生徒の解き方の方が上手で当たり前のことが多い。その教師はワケが分からないことを指導して、

「どうだ!ついてこれないだろう」

 と言いたいらしい。馬鹿げている。皆さんも覚えがあると思う。三重県でも、高校入試では

7割正解なら「川越高校」、8割正解なら「桑名高校」、9割正解なら「四日市高校」

 という目安がある。ところが、私立高校の「暁6年制」の入試問題は必要以上に難しく、6割で合格、7割で準特待生、8割できたらスカウトが来ると言われている。なぜ、私立の問題は難しいかというと

「私の学校はこんなにレベルが高いんですよぉ!」

 とアピールしているわけだ。大学入試も事情は同じで、旧帝の問題は王道と言えるものが多いが、私立の問題は重箱の隅をつついたような下らない問題が多い。

 なんで、こんな下らない問題が出るかというと世間には下らないことを知っているクイズ王のような人を尊敬する気風があるからだ。天才科学者とクイズ王では、味噌とクソくらい人類に対する貢献度が違うのだが、世間で正当に評価する人は少ない。

  私も一部の人に蛇蝎のように嫌われていることを知っている。その一部の人とは、書くのも時間とエネルギーの浪費でイヤなのだが

「模試も公表しろ」。(そんなの捨てた。意味のないデータだもんね)

「正解率9割以上か?」(京大入試で、9割なんて人は存在しない)

「偏差値はいくつだ?」(偏差値に普遍性はない)

「学力を公表せよ」(成績開示や資格は公表済)

 要するに、無知で礼儀を知らない悪意の質問。こんなものには礼儀正しく親切に答える義務はない。すべて無視している。私は親切・丁寧だけど、それは基本的なマナーやエチケットを守れる人限定。

 常識も礼儀もマナーも身についていない人の相手をするほど暇ではない。

  いつもスルーするから、非常識で無知な方には嫌われている。でも、モンスターに好かれる気はないから。

  多くの塾や予備校では、マニュアルどおりの授業をする。だから、録画して衛星回線で日本中に配信するシステムができる。ネットで動画配信もできる。その代わり、質問は出来ない。一方的。

  でも、私は違う。

「今日はどんな質問が出るのだろう?」

 と、とてもエキサイティングなのだ。どんな質問が出ても大丈夫なように、勉強が欠かせない。精神的な病の方の相手をしている暇は本当にないのだ。同じ時間なら、才能を育てることに使いたい。病気の治療は誰かに任せる。

 

第九十章

「左翼教師とテロリスト」

アメリカ軍司令官、南シナ海への艦船の再派遣を明言

 11月22日(日)20時5分配信

アメリカ軍の艦船の派遣を「再び行う」と明言した。アメリカ太平洋軍のハリス司令官は21日、カナダで講演し、アメリカ軍が10月、南シナ海で中国が埋め立てた人工島から12カイリ以内に艦船を派遣したことに触れ、今後も再び派遣すると明言した。そのうえで、ハリス司令官は、「引き続き、国際法が許すあらゆる場所で飛行、航行を続ける。南シナ海は例外ではない」と強調した。マレーシアで東アジアサミットが開かれているこのタイミングで、あらためて、南シナ海問題をめぐって中国をけん制した。

   受験指導も安全保障体制も「現実を直視」することが第一歩だ。現実に、中国艦隊が尖閣諸島を侵略しているのに、左翼政党や左翼教師のように

「憲法九条を守れ!」

 以外の対策を何も語らないのでは話にならない。子供たちを守れない。ミサイルが飛んでくる前に立って

「九条を守れ!」

 と呪文を唱えたらミサイルが落ちるのだろうか。子供たちの安全は守られるのだろうか。道を誤ると、ニューヨークやパリの悲劇が生徒たちの身にふりかかる。中国の覇権主義を見て放置したら、爆弾がわれわれの頭上に降り注ぐ。

  学校でみんな知っているはずだ。皆が皆、話せば分かる人ばかりではないことを。力ずくで止めなければならないこともある。それが現実だ。私は、塾を開設した当初から素行の悪い子は「強制退塾」させる方針できた。批判も多いが、私はそう思わない。

  現実的に

「マジメに勉強している大多数の生徒の学習環境をどのように守るのか」

 をマジメに考えて欲しい。「愛」と「絆」などと言わないでほしい。そんな言葉で、イジメや暴走族を止められません。アメリカに住んでいたから支持するのではない。やるべきことを躊躇しない姿勢を支持する。

  「助け合い」「支えあい」は賛成する。しかし、それは相手を見て使う言葉だ。「馬の耳に念仏」を唱えてどうする。イジメの加害者を喜ばせるだけ。事態が悪化するだけ。お人好しは争いを助長するのだ。

  私は攻撃されたら100倍返しにする。だから、

「アイツはやばいぞ!」

 と攻撃されることが少なくなった。徹底的に思い知らせないと分からない人もいるのだ。相手が殴りかかってきたら、ヌンチャクでも特殊警防でも模造刀でも、何でも使ってギタギタにするのが正しい。「愛だ」では、ボコられるだけ。

  もちろん、素手なんて意味がない。格闘技だけでなく、法律、金、人脈、あらゆる手を使って立ち上がれないようにしないといけない。

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