終(つい)のすみかを見つけたり(1)

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 年老いた私がある日
今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解してほしい

 悲しいことではないのだ
消え去っていくように見える私の心へ
     励ましのまなざしを向けてほしい

旅立ちの前の準備をしている私に
      祝福の祈りを捧げてほしい

あなたの人生の始まりに 
     私がしっかりと付き添ったように

私の人生の終わりに
        少しだけ付き添ってほしい

あなたが生まれてくれたことで 
私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って 
           笑顔で答えたい

  私の愛する 子供たちへ   

      ポルトガルの原詩の一部より(作者不詳)

 この詩は何年も前に友人が送ってくれた。当時、相当の衝撃を受けたと記憶しており、日記帳の裏表紙のポケットに入れて大事にしていた。

 いつか息子たちに見せたいとは思ったが、なかなかその勇気がなく、未だにその機会がない。

 今回、夫婦とも八十歳を過ぎ、ケアハウスに入居することになり、改めて手に取ってみると、さらなる感慨を覚えるようになっていて、作者の気持ちがよく分かる年齢になった自分に気づかされてしまった。

 ケア・ハウス『びおとーぷ』に入居して、明日でちょうど一ヶ月になる。

 考えること、決めておくこと、覚えること、不足している物を買い足すこと、やることが次から次から出てくる。

 三十八人の入居者の名前、スタッフの名前。一日の生活の流れなどなど……。

 何か大事なことを忘れてはいないか。バインダーに挟んだメモがどんどん増えていく。


『びおとーぷ』からのご挨拶

このたび わたしども、ケアハウス『びおとーぷ』へ入居いたしました。
 昭は、目が不自由になり、車の運転に支障を来すこともあり、子供たちが心配しますので、思い切った次第です。
 JR茂原(東京駅から外房線で一時間)駅前からバスで二十分、さらに、ゆるい坂道を歩いて十五分の静かな丘の上にあります。
 大風呂も快適で、食事もまあまあ。今日までの三日間、五食すべて「完食」です。一度おいでください。

 

 この挨拶文は、倍ほどにもなる手書きの文を加えて、お世話になった方々に出したものだ。

 今日は四月の十九日、やっとと言うか、もうと言うか、ひと月経ったわけだ。

 最初の何日かは片付けは大変だったけれど、それが済んでしまえば特にやらなきゃならないことがあるわけでもなく、時間のたつのが遅く遅く感じられるようになった。

 時間だけでなく、みんなお年寄りばかりだから、廊下を歩くのも、エレベーターに乗るのも、話しかける言葉も、みんなゆっくり。そのペースに私もだんだん慣れてきた。

 

 近況を知らせるのに真っ先に書いたのは、自然あふれるここの環境について。 南東に向いたベランダからの眺め。百八十度開いた空と山林、真下に広がる田んぼや畑、ちらほら見える農家の屋根。

 山を覆う雑木林の間には櫻の木があって、初めは薄ピンクに霞んでいたのがみるみる咲き出し、今はすっかり葉桜になり周りの新緑の中に埋もれてしまった。

 田んぼも気がつかない間に水が張られ、耕耘機が動き出し、今はきれいに田植えが終わっている。一羽のツバメに気がついて歓声を上げたら、次の日はもう二羽、三羽と飛び交っている。

 

 二人にとって最高の時間は、なんと言っても五時過ぎからの日の出の時間。カーテンを開けて待っているとだんだん空が赤く染まってきて、遠くの山の上から朝日が登ってくる。 わざわざ「ご来光」を拝みに行く人があるけど、ここでは毎朝「ご来光」が見られる。 まぶしくてサングラスを掛けたいほどの明るさで、涙が出てくる。

 朝日のシャワーを浴びながら、夜明けのコーヒーを飲み、CDでモーツアルトを聴く。なんと優雅なひとときであろうか。

 

 みんなに自慢して書いたら、三男からこんなメールが来た。

「『子供に心配掛けないで、早くどこか安心できるところへ入ってくれ』と、僕たちがわいわい責め立てたから、ケア・ハウスへ入ったけど、本当は寂しいんじゃないの。やせ我慢して、夜明けのコーヒーなんて言ってるんじゃないよね」

 (あの子がこんな心配性とは知らなかった。若いのにそんな心配してたらはげになっちゃうよ。ホントにいい気分なんだから、大丈夫だよ)

 まだひと月だけど、以前より子供たちが気に掛けてくれるようになったのではと感じることが多い。そんなものなのかもしれない。

 三男は、狭いところでコードはじゃまだろうと、コードレスの掃除機を送ってくれたし、次男はパソコンの設備がないのを気にして、電波がやっと届くベランダの壁に、ワイマックスとか言う機器を取り付けてくれ、パソコンが可能になった。 


 入居を知ってびっくりした友人からの手紙がポチポチ来て、ポストをのぞくのが楽しくなったが、意外だったのが「少し人里離れすぎではありませんか」とか「ご不自由でしょうね」とかで、自然の良さをうらやましがる人が少なかったことだ。都会育ちには、自然の良さは分からないのかしらねえ。   

 老人ホームや介護施設を選ぶ時注意することは、第一に食事について、次にスタッフの質やレベルである、と聞いたことがある。勿論、場所、設備、規模、費用など、調べて納得しておかなければならないが、実際入居する当人にしてみれば、毎日毎日気にしなければならないのは、この二つなのかもしれない。 元々食いしん坊の私の最大の関心事は、食事だった。「嫌いな物はありますか」と聞かれ、「いいえ」と、偉そうに答えてしまった。 しかし家では何となく敬遠していた「香り物」が、ここでは毎日のように出て、否応なしに口に入れているうちに、なんと八十になって好き嫌いがなくなってしまった。 

 今日は食欲がないから少しにしておこう、とか、今日のおかずは美味しいから御飯もお代わりしよう、とか、自分の家ではその日によって勝手が出来るが、ここではいつも一定量なのが、玉に瑕。病歴、体重によってカロリーも決まっている。私は1300キロカロリー。

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終(つい)のすみかを見つけたり(2)

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