なぜ介護で倒れる事ができたのか…その3

前編: なぜ介護で倒れる事ができたのか…その2
後編: なぜ介護で倒れる事ができたのか…その4


施設から退所~同居再開編


摂食障害のような症状はメンタルの問題
だと、心理学を学んでいた関係で感じ
取った私は、母の心が元気になる事を
試みました。


母は、邪魔者扱いされ、誰にも大事に
されないことで、自分の存在価値を
感じれない状態ではないかと
思ったのです。



そこで、母と親しい実の弟さんに、母へ
手紙を書いてもらいました。頂いた手紙は、
昔から母を慕っているという思いやり
あふれる手紙でした。

そして、私も手紙を書きました。私たちの反省点、
是非、家に戻ってきて欲しいという内容を
書きました。

幸い、それから回復したのですが、施設は
母の施設での預かりを今後も同じような
事が起こる事を心配して受け入れて
くれませんでした。

(後で病院関係者に聞いた話では
摂食障害で死亡した場合、餓死させた、
見殺しにしたというような風評が
立ちやすい事を施設は恐れていると
聞きました)

しばらくしてリハビリを終え退院した
母は、再び、家に戻ってくることに
なりました。



母が摂食障害になった事で、自分に責任を
感じていた妻も、やはり母との共同生活は
だんだんと苦痛となり、ストレスが増して
いきました。

母は内心、私よりも仲が良かった弟の
ところへ行きたいと願っていたようです。
(お願いしていたカウンセラーさんから
聞きました)

その頃、家に居るのを嫌がり働き出して
いた妻の代わりに一日に一回、日中に
介護ヘルパーが来てくれるように手配
しました。

主に昼食の準備と、ポータブルトイレの掃除
などをお願いしました。

しかし、やがてヘルパーさんとウマが
合わかったのか、仕事が遅いなどを理由に、
ヘルパーさんの交代をケアマネに要望したり
していました。

母が帰ってきてからの問題は、施設に
入る前の問題に加え、TVが好きな母が、
居間に来ては、TVを観る時に耳が遠く
なった為に大音量で観るため、

…健常者が同じ部屋にいることが難しく
なったりしました。

(今は見る人の近くにスピーカーを
持ってくる機器があるようです)

その他、深夜に起きては車椅子で寝室近く
の廊下の壁をぶつけながら移動する事が
多くなり、

それに対しての不満の解決の為に、皆が
起きるまで部屋に居て欲しいとお願い
したり、

水を飲んだり、洗い物をしにキッチンへ
来るタイミングが丁度、食事の準備中で、
車椅子が入ってきて、ある程度の時間、
作業が出来ない事から、食事の準備時間を
避けて欲しいとお願いしたり、

洗い物の時に、車椅子に乗ったままするので、
水の量の調整ができず、水を大量につかって
洗い物をすることに、節約をして欲しいと
頼んだのですが、

(本来、母の洗ってくれるという行為に感謝
すべきところが、この頃は、感謝の気持ち
よりも不満に対しての攻撃的な気持ちが
先立っていたように感じます)

…自分の行動の自由を制限される事を恐れた
のか、最後は、すねてしまい、私たちが
リビングに居る時には入ってこなく
なりました。

そうして私たち、母との間には不満や罵声
ばかりとなり、母は家族が作った食事を
一緒にとること…

やがて、家族が準備した食事をとることを
拒否した事もあり、家族と母との距離を
とるためにショートステーを検討しました。


 同居でショートステー利用~死去編





そこで生じた課題はショートステーの持ち物
の準備が必要で、紛失防止の為のチェック
シートへの記入に負担を感じたり、

(後日、母が自分でするようになりました)



また、ショートステーも利用者が多く
2ヶ月前に予約する関係で、日程の変更は


できず、その日に機嫌を損ねて、ショート
ステーへ行くのを拒んだりして行かない日が
あったり、



ショートの送り出し、及び迎え入れに家族が
立会う必要があること、(本人だけではダメ)、

また、その送り出しや引取り時間が、毎回異なり、
その時間に家にいるために、仕事を休んだり
することが妻には負担だったようです。



結局、ヘルパーさんをお願いすることで
この問題は解決しました。(今ではこんな
使い方はできないのでは、と思います)


そこでも介護サービス提供会社が鍵を
預かる事は出来ない(管理責任がとれない)
との事で、


マンションの部屋の外に鍵を入れた箱を
設置し、そこから鍵を出し入れしてもらう
ように調整してなんとか了解を得ました。



ショートステー先ではやはり母にとっても
開放感があったようで、サイダーを大量に
飲んでは介護のスタッフさんに心配して
もらう事もありました。



そんな中、原因不明のだるさを訴え入院。

入院になることで、家族と距離がとれた
ものの、洗濯などで定期的に通うことに
なりました。



持病の腎臓機能の低下ということで
人工透析が必要になることになりました。



人工透析は、週に3、4回、病院に行って
数時間の透析を受ける必要があります。



その為、その送迎をどうするかと言う事が
問題となり、そうした施設があるかを
探しましたが空きは無く、自宅介護では、
妻は仕事を優先したいということで



…弟のいる東京で、病院と介護施設が隣接
している施設を探す事になりました。



ある程度、退院の目処ができた頃、
病院からは早く出て欲しいと要望が
来ました。



しかし、このころは、妻も精神的に不安定で
「離婚」の話が出始めるぐらいでした。



そんな状態でしたので、退院と同時に、
施設に移したいという私どもの希望もあり、
施設が決まるまで入院できるよう、
病院との交渉が続きました。



…東京の施設は幸い、すぐに見つかり、
予算内で入所することができました。



しかし母は東京の施設に入って数ヵ月後、
急性白血病と診断され、それから間もなく
亡くなりました。



つづく…




続きのストーリーはこちら!

なぜ介護で倒れる事ができたのか…その4

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