なぜ介護で倒れる事ができたのか…その2

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前編: なぜ介護で倒れる事ができたのか…その1
後編: なぜ介護で倒れる事ができたのか…その3


遠距離介護編(退院後編)


退院後、基本は母が主体になって生活
できるように、ハンディキャップを補う
為にヘルパーさんに来てもらう調整を
しました。



そのほか、危機管理として、


・監視カメラの設置で母の様子を見る


・二週間に一回、状況確認に行く



…をする事になりました。



数ヶ月は問題が無かったのですが、
だんだんと、いろんな問題が生じました。



例えば、隣の家の方とのトラブル。
(以下、Aさんとします)母と親しく


してくださったAさんが母の愛犬の散歩を
引き受けて下さったり、たまに来ては
夕飯を一緒にして下さったりして
いました。



母親は自分なりに、お礼をしていたよう
ですが(寿司をご馳走するなど)ある日、



「散歩&世話代」として過去分を遡って
お金で支払って欲しいと請求が来ました。



…どうもAさんの自営業が上手くいって
いない様でした。



母も私も納得いかなかったのですが、
確かに「ただ(無料)」で甘えるのも、
今後もお世話になる(特に愛犬の散歩)
事もあり、



…承諾し、月当たりに支払うことに
しました。



しかし、それだけでは済みませんでした。



まず、「散歩&世話代」をまとめて
支払って欲しいという連絡が来ました。

(前借です)



…Aさんからの連絡は携帯電話にかかって
くるのですが、当時、母に関係する電話を
取り損ねないように腰に固定するホルダーに
携帯を入れていたせいもあり、



…出ないと何度も何度もかかってきては
バイブ機能(振動)が伝わって来てました。



さらに、前借とは別に借金を申し込んで
来るようになりました。



…これも結局、母親の緊急時のケアや犬の
散歩の外注よりは安価という事で妥協し、
承諾しました。



このお金関係のやり取りで、携帯が鳴る
のが怖くなり、携帯をしてなくても腰に
振動を感じたり、嫌な気持ちが沸くように
なりました。



その後、私は身体を壊し、遠距離介護を
弟に代わってもらう事になりました。




同居での介護編


弟が東京からの遠距離介護に慣れて
きた頃、母は年に一度、倒れては
入院する事を繰り返していました。



退院後のリハビリが不十分で一人での
生活は難しいので(家は車椅子が使えない)


…弟は一時的に老人ホームに入れて、
リハビリをしてから戻すようにしました。



…が、入居からすぐ、東日本大震災が
起きました。弟に施設から連絡があり、

…原発事故の風評被害で食料などの陸送が
滞っている為、施設の食料が数日で尽きて
しまうので、引き取れるなら、引き取って
欲しい…という内容でした。



そこで弟はいったん母を引き取りましたが

…弟のマンションでは、母を介護が困難
(非バリアフリー、トイレの問題など)と


いう事で、私の住む愛知県につれてくる
ことになりました。



それが母と同居しての介護の始まりでした。



その頃、私の体調も回復しつつあった
ものの、いろんな問題が起きはじめ
ました。



まず、嫁姑問題。



妻がすること、言う事に対し、何だ、
かんだと小言を言う事に、妻は不機嫌に
なる事が多くなり、



…母は、小言を言うのは当然という感じで
自分は悪くない、地震の被害者だという
ことを主張しては、



お互いに譲らないという状況でした。



また母が連れてきた愛犬の散歩や室内で
飼う上で犬の抜け毛による衣服への付着や
掃除頻度の増大、また、母が愛犬を庭に
だしては、足を拭くことなく家に入れる
事への不満、



犬をベットに連れ込んでは、飴を舐めさせ、
その飴が布団に付着してしまう事への不満、



更に、母が子供に対して理不尽に厳しい事を
言うことなどへの不満…



…また、月一の病院への送迎の負担、


何よりも妻が作った食事に対し、
「味が濃い」等何か小言を言う、味見もせず
七味唐辛子を入れる等、



こちらが尽くしても認めてもらえないという
悲しさがイライラに変わるような
同居に伴う環境変化に皆が戸惑う中での
共同生活となりました。



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