リアルな「ガウディ計画」の話 〜新たな改良と私の変化〜

前話: リアルな「ガウディ計画」の話 〜いろんな意味で世界デビュー〜
次話: リアルな「ガウディ計画」の話 〜夢の後始末と、、、〜

 当初は5話ぐらいで完了するだろうと思っていたこのシリーズですが、気がつくと8話目に、、、。ただし終わりは確実に近づいているので今しばらくお付き合いください。


 さて、海外のお医者さんに使用してもらい、この製品を作った当初から問題点だと考えていた部分が、ついに隠すことができない状態に追い込まれました。当初から持ち続けていた問題点。それは、製品の方ではなく、製品を使用するために使う付属のパーツの方の問題でした。


 私たちが作った製品は、例えば手術で使用するメスや鉗子と言った製品の様にそれだけで使用出来るというものではなく、例えるならば電気メスの様に電気を通すことで本来目的としている機能を使った使用ができる、という感じに似ている製品だったのです。(本当はかなり違うんですが、それ自体の説明ができないので、こういうたとえ話でご了承のほどを、、、)

 この為作った製品だけでなく、それが持つ機能を十二分に発揮する為のパーツの方に問題があると、全く意味をなさない製品になり下がるのです。


 では、なぜ日本国内では問題が起こっていないのか、、、。実は同様の問題が結構頻発していました。しかし、使用しているお医者さんが開発時から一緒に取り組んでくださっていることと、もともとそのお医者さんが持っているスキルが非常に高かったということで、問題が発生した場合にもリカバリーをしてもらえていたので、ここまでなんとか誤魔化してこられたというワケだったんです。


 しかし、今回はごまかしはもう出来ません。お医者さんからも『必ず改善すること!』というきついお達しを頂いていますから、、、。

 

 ただい、この改善は並大抵のことではありません。というのも、使用する製品のサイズ、使用する患部の都合から作り出す付属パーツはとにかく小さくまとめる必要があるからです。つまり複雑な構造ではサイズが大きくなりかねないという問題と、もし小型化できたとしても誤動作動する可能性がある事からあまり良い方法とは言えない、、、となると、とにかく単純な構造で必要とする機能を持たせた物を作る必要が出てきます。この『単純な構造』『ただし十分な機能を持たせる』というのことが以外と厄介なんです。特に『単純な構造』の方が、、、。


 いろいろな秘密保持の観点から詳しく説明できないのが残念ですが、付属パーツの一部の機能(メインの機能)に関して逆転の発想をした構造を用いることで、お医者さんにも合格点を頂き他のお医者さんでも安全に確実に使用できる付属パーツを作ることに成功しました。

 この付属パーツは今まで開発をして実際に患者さんに使用するようになった医療器具の様に、ある程度ベースとなる知識や経験があったというものではなく、『100%私のアイディアを生かして開発した物』でした。


 この『100%私のアイディアを生かして開発した物』という考え方を持ったあたりから、私の医療器具の開発者としての気持ちの持ち方に少しずつ狂いが生じてきていたんだと思います。


 そしてこの時期にもう1つ私の中で大きな変化が出てきていました。

 それは『夜寝れる』といことです。

 「何この人?夜寝るのなんか当たり前じゃない」とお思いでしょうが、実は私は人体実験が始まったあたりから不眠症の様になっていたのです。

 私は人体実験が始まってから頻繁に見ていた夢があります。夢の内容は、記者会見場で数百人はいるのでは?と思う記者や報道関係の方の前で、炊くのさんのマイクが置かれた長机の前に社長と私の上司と私の三人が並んで座っており、社長が何かの説明をした後三人で立ち上がり『申し訳ありませんでした』と深く頭を垂れてお詫びをすると一斉にフラッシュが光る、というところで毎回汗びっしょりになりながら目が覚める、社長の説明内容や報道関係の方が話している声はまったくわからないので、なぜ記者会見を開いているのか正確にはわかりませんが多分人体実験で失敗をして患者さんを殺してしまったんでは?と思える状況ですよね。

 この夢を見る様になり、私はほとんど寝ることができなくなっていました。

 『酔っ払ってしまえば寝れるかも!』と思い、夜ビールを大量に飲む様になりましたが眠くなり布団に入りうつらうつらし始めると夢を見るんです。だからまたビールを飲む、でも飛び起きる。結果的に一晩で2〜3Lのビールを飲んでも眠れない。

 何もせずにビールを飲んでいるのも暇なのでテレビを見ていてもそのうち放送が終了してしまう、そうなると暇を持て余すのでレンタルビデオで映画を借りて見続ける。そのうち朝になる。

 『酔ってもダメなら、体を酷使して疲れれば寝れるかも』と思い、毎朝ジョギングをする様になったんですが、これは本当にダメでした。ビールを飲み続けて不摂生を続けていた体はどんどん健康になり、しかもジョギングをすることで体力がついてしまい寝てなくても常に『元気いっぱい』とますます無理ができる体になってしまっただけでした。


 そういう生活がおわり、夜普通に寝れる様になったのがちょうどこの時期でした。


 いま振り返ると「あの頃はこうだったのかなぁ?」と第三者的に分析をすることができるのですが、多分人体実験を始めた頃の私は自分が作った物に不安を持ち、でも病気で苦しんでいる患者さんに少しでも役立つものを作りたい(お医者さんに渡したい)、だから何事にも手を抜かず自分にできる事を精一杯やりきろうと考えていたのでは、と思います。

 だから、どんなにお医者さんや社長が絶賛している製品でも、常に不安を持ち続け結果『夜寝れない』という状態だったんだと思います。

 では、寝れる様になった時は?自分が作った物が失敗するはずがない、私がアイディアを出した物であればもっと良い物が作れるはず、というエゴの塊になっていたのでは、と思っています。

 だから、持ち続けていた不安もなくなり、『夜寝れる』様になったのではと思います。


 このシリーズの話を書き始めた一番最初のストーリー『技術屋を目指して』の中に書いてありますが、私は母校の大学学長から『技術屋として仕事をしたいのであれば、自分が作ったものに対して3つ以上の問題点を見つけなさい』という言葉は、TBSドラマ『下町ロケット』の最終話で佃社長と椎名社長のやり取りの中に出てきた佃社長の

佃社長
1%だから死んでも仕方がないなんて思う人間はどこにもいませんよ。だから我々は常に100%を目指して努力するんだ。

というセリフに通じるものがあると思います。技術職特に開発で仕事をするのであれば、常に100%の物を目指し続ける必要がある事を、自分の中の目標としていたはずがこの時の私はそういう気持ちの全てを無くしていたんだと思います。それか、あまりに長期の実験となったことから、社会人経験が全くない新米技術者の私は技術職であることと言うよりも、人の命に関わる仕事をしているという感覚自体を麻痺させていたのかもしれません。


 こうやって、この会社に入り技術屋としての一歩を踏み出し、技術屋としては最高に名誉ある場面に立ち会う事が出来ただけでなく、自分関わった製品が広く世界に認められるという幸運を運んできた人体実験ですが、結果的に約3年かかって目標としていた国内症例50人の症例を無事に終了させる事ができました。


 そして、この終了は私にいろいろな事を更に考えさせることになっていくのでした。


 次回でやっと最後となります。興味をお持ちいただいている方がはどうか最後までお付き合いいただければと思います。

続きのストーリーはこちら!

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