星空みながら大学に通う<ある夜間大学生の平凡な話>その3.初夏
物語-初夏-
梅雨の6月。
少しずつ日が落ちる時間が遅くなり、2限目が終わってもまだ少し明るい。
3限目を履修していない日であれば、これで授業は終わりだ。
学食は21時まで営業しているので、今日は学食で夕食を食べて帰ることにした。
食事のお供は安田さん。元々、商学部出身で現在は大手企業の正社員。理科大には編入制度を利用して入学してきた。会社の定時が17時のため、仕事をセーブして通学しているようであるが、2年で卒業は目指さず4年を目標に頑張っている。
「安田さんはなぜ化学をやりたくなったのですか?」ラーメンをすすりながら聞いてみた。
「今、仕事で化粧品の輸入をしてるのだけど、化粧品の成分を調べるうちに、化粧品の分析の仕事がやってみたくなって入学したんだよ。」
「だから分析化学の授業を多めに履修されてるのですね。」
「さかしたさんはなんで、化学科に進学したの?」
「うーん、、本当は獣医学部に進学したかったのですが、学費がなくて、とりあえず理系大学に行けばいつか獣医学部に編入できるかなって。」正直に話した。
「そうか、きっと努力は報われると思う。」安田さんの言葉はいつも説得力がある。
「私、お金があるのに、塾とかにも通って大学に進学したのに、それが当たり前になっちゃって、サボってばかりいる人が嫌いで。」思っていることが口から自然とでてしまった。
「不公平だよね、でも人生は不公平なことばかりだよ。今はそんな人生の勉強の時間だと思えばいいよ。」
「ありがとうございます。」これまで思っていたこと、色々と話せて良かった。
帰りの電車は帰宅する人たちで混雑している。電車に乗っている時間は45分。ちょうど良い勉強タイムだ。今日は有機化学の本を読みながら授業の復習。明日も5時起きだから、家に帰ったらすぐに寝よう。
と、思っていたけれど、近所に住む友人からお誘いの電話。
結局、友人の家で語り明かし、寝たのは深夜1時過ぎであった。
翌日朝5時。外は梅雨の雨。
「眠い。」思わず口にする。この時期はもう明るいことがせめてもの救いだ。
今日も長い1日が始まった。お風呂に入り、お弁当を作り、掃除などを済ませていればあっという間に2時間が過ぎる。
7時半からアルバイト開始。アルバイト先は学校と大学の中間地点にあるレンタルショップだ。ここは他の店舗よりも早く仕事を開始できるので、選んだ。
実労働約7時間。時給900円だから週6でシフトを入れたら月15万は稼げる。奨学金も月5万借りているので、合わせて20万円。万が一の際の貯蓄をしても都内で1人暮らしできる金額だ。
今朝も好きなPOPミュージックを掛けて仕事をスタート。
朝担当には、過酷な“返却BOX処理”がある。
その名のとおり、返却BOXへ返却されたDVDやCDをバーコードで読込み、元の場所に戻す作業だ。
何が過酷かと言えば、まず返却BOXが1階にあること。
私が勤務するレンタルショップは2階にあり、返却される量が多ければ何往復もしなければならない。2階レジに運ばれた商品たちを朝当番2人で手分けしてバーコードで読み込んでいく。そして、CDやDVDの裏面に傷がないか確認する。最後に売り場に戻して終わり。
これを1時間で行う。その後、レジの入金準備や掃除などを行い9時の開店に間に合わせる。梅雨の時期、アダルトDVDなどは臭いがキツイものもあり、朝からダークな気持ちにさせられる。
そして、こんな日に限ってお釣り用の100円玉が足りないという事態。
恥ずかしながら近くのジーンズ屋に5000円札を持って、100円玉と交換できないか聞きに行く。嫌な顔をせずに交換してくれるジーンズ屋に感謝。
9時にお店オープン。返却BOXは9時まで使用できるため、回収後も少しだけ入っているので、改めてそれを取りに行く。他の店舗は10時オープンが多いため、10時までは遅延金を取らない方針だ。だから10時まで返却のお客さんが足を運ぶ。レジと売り場への戻し作業(お店用語でマスターバックという)と大変忙しい。
こういうときを狙って増えるのは万引き犯。一度、9時に出勤した時には休憩室で同僚(男性)が知らないおじさんが抱き合っていて何事かと思ったが、万引きして逃げようとするおじさんを同僚が押さえているだけであった。
このときは朝から警察に電話をして、お引き取りいただいた。
11時を過ぎるとアルバイトも増え、お客さんも増えてくる。
お客さんが増えてくる時間帯に気を付けなければならないのは、「なりすまし」。
拾った会員カードを用いて、他人になりすまして新作CDやDVDなどを制限いっぱいに借りていく。そして、そのまま転売してしまう人たちだ。
こういった場合、カードを落としたことを警察やお店に届け出していなければ、なりすましされた側に請求がいく。気を付けたほうがいい。
昼を過ぎれば、午前中だけ大学に通う昼間部の学生などもアルバイトにやってくる。
13時に休憩に入り、残り1時間半、15時になれば上がりの時間だ。
急いで着替えをして、いつも通り、15時15分発の電車に乗り、大学に15時40分過ぎに到着する。
学内を歩いていると、春よりもどんよりした山田と出会う。
「やまだ、お疲れ…」
「お疲れ、私疲れてるかなぁ」やまだが私に問う。
「うーん、何となく疲れてるかなぁとは思うよ。」私が答える。
「進級できないかも。」
「なぜ?!まだ試験期間まで1か月あるけど。」
「全く授業がわからない。」
梅雨の曇り空のようにどんよりとした山田の顔は今にも涙がふきだしそうだ。
少し立ち話をして、試験が終わったら息抜きに近くの和菓子屋で抹茶パフェを食べることを約束して、別れた。
私も人の心配ばかりしていられない。来月には恐ろしい試験期間が始まるのだ。
こうして、初夏は過ぎていくのであった。
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