星空みながら大学に通う<ある夜間大学生の平凡な話>その2.春

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物語-春-


晴れた日が増え、花は息吹き、服装は軽くなる。

学生も会社員もどこか浮足立つ春が訪れた。


昼間働くアルバイト先でも2年目を迎え、任されることも多くなってきた。

1限目は16時から始まるため、15時に仕事を終えた私は少し早歩きで大学に向かう。


15時40分、大学に到着。

この時間は大学の人口密度が最も増える時間帯だ。

元々、日本一人口密度が高いと言われる我が母校。

この時間は授業を終えた一部の学生と授業が始まる二部の学生が入り混じり、大混乱をきたす。

その上、この時期は面倒なサークル勧誘もあって、校内は原宿の竹下通り並みの混雑である。



何とか混雑を避けて歩いていると、山田が一人で歩いてきた。

山田は1年生の時に、試験を受けて、1部に転部した秀才だ。

「やまだー、授業終わり?」私が聞く。

「朝から授業でようやく終わりだよ。」

「いいな、私なんて朝から働いてこれから1限目だよ。授業楽しい?」

「うん、まぁ楽しいけど・・・」

「どうしたの?」

「それがさ、二部だと習っていないことも多くて、それを習った前提で話が進むから全くついていけない。」

「そなの?でもテキスト1部と同じらしいじゃん。」

「テキストは同じだけど・・・」

これ以上は触れてはいけない気がするので、このあたりで話を切り上げて教室に向かう。


「おはよ」

私が教室に入るなり、眠そうなたろうが挨拶してきた。

「おはよ、って時間でもないけど、久しぶり。今日は授業出るんだ。」

「そりゃ、必修科目だし。奇跡的に進級できたから心入れ替えようかと。」

「今日は何時に起きたの?」

「今日はすっげー早起き、11時に起きたぞ。」

11時ってほぼ昼じゃん。

たろうは元ニートで心配した親がこの大学を見つけてきて、一般受験で試験を受けて入学してきたらしい。やる気もなければ、いつも眠そうだ。進級率50%のこの学部で進級できたことが奇跡だ。

たわいもない話をしている頃、りえちゃんも登校してきた。

「先週のここの部分わかった?」

「あ、それはね・・」

りえちゃんはいつも天才だ。

国立大の看護学科を目指していたが、色盲があり全て落ちてしまったらしい。

「それよか、2限目の実験の準備してきた?」しんすけが後ろから声をかけてきた。

「もちろん、だって予習も評価に加算されるじゃん。」

「俺、してないんだわ。」

「えー、今日ノート点検あるって言ってたけど。」2人でしんすけを責める。

「じゃあ、この時間でノート書いちゃうわ。」

しんすけは黙々とノート作りを始めた。

そう、夜間大学といえば、社会人学生が多く、苦学生ながらも勉学に情熱を注ぐ学生が多い印象があるらしいが、実際は違う。

しんすけは子だくさんの家庭で奨学金とバイトで学費を工面しているが、本人自身にやる気があるかと言えばそうは思えない。一応、大卒の資格が欲しくて大学に進学した感じがする。

特に家庭が生活難でなくても、無名な大学に行くくらいならと、帝国理科大学の二部に入学してくる学生もいるし、たろうのように早起きが苦手なために夜間大を選ぶ者もいる。

もちろん、仕事と両立するために二部を選ぶ社会人も多いが、そういう人たちは1限目の授業は履修していない。

私を含めて、どこか不器用な部分を持った人たちが多く集まるのが二部の特徴なのかもしれない。


18時からが本格的な2部の始まりだ。

社会人の方たちが履修できるように全ての実験は2限目からに設定されている。

(一部、土曜日に設定されている実験もある。)

果たして今日は何時に帰られることやら・・。

一班5人で全員が集まったら実験開始。

まずは今回の実験で使用する備品を準備。前方のテーブルに置いてあることもあれば、湯浴のように実験卓の下に保管されているものもある。

今日は5回も温度を変えなければならないので要注意。

まずは373.15K(100℃)に沸騰させた温浴にビーカーを入れてH2Oを気化させる。


「なにやってるの?」キックボクシング帰りのさとこが言う。

「へ?」我ながら間抜けな返事。


もう終わりだ。


まずは低温で化学反応を起こしてから、100℃にして気化させる工程だったらしい。

仕方ないので、どのように失敗するかという実験ノートを書くべく、そのまま実験を進めることとなった。

私の名誉のためにも、他にも温度設定を間違った班があと2班あったことをお伝えする。

時間は21時。同じ実験ノートを見ながら実験を行っているはずであるが、手先の器用さ要領の良さが影響して、ちらほらと帰宅する班も出始めた。

しかし、私たちの班は終わらない。きっと最初に低温で化学反応を起こさなかったからだ。

結局、この日は23時に終了して、帰宅した。

もちろん、実験は失敗であった。


こうやって2部学生の1日は過ぎていくのであった。

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