文系女子がドイツでリケジョになってみる ―人間観察編1・ティナの場合

著者: 秋野 静

同級生について書いてみる。人間観察編の注意書き

気が向いたら、同級生について書いてみる。
ドイツの大学生の生活について個々の場合を報じるのは有意義だと思う。ただし、(本人に了承を取ってないので)フィクションとして読んでほしい。プライバシーの問題にならないために、何人かの知人を一人の人にまとめるとか、問題にならない配慮はする。もちろん、以下の内容はドイツではありがちなこととして読んでもらいたい。ちょっと小説風に書くことで、さらにフィクションにしておく。

ティナの場合

ティナは高校をすぐ出て大学のコンピュータ・サイエンス学科に入った。

ティナの父親は昔、大学で電子工学を専攻したが、落第して、仕舞いには退学になった。それ以降もこれと言った職業訓練を受けなかったので、電気工事の仕事などをするが、家族を養えるほどの収入を得ていない。

母親は以前は裁縫の仕事をしていたが、ティナが小学校に入ることになると仕事を失った。海外から安い衣料品が大量に輸入されるようになると、ドイツでは裁縫の仕事をしていた人たちの多くは仕事を失うこととなった。それ以降はスーパーでレジの仕事をするか、生活保護をもらって生活していた。

貧しさにも関わらず、家族は仲良く幸せにくらしていた。この国の福祉のおかげで、衣食住に困ることなく生きてこれたのだ。

とはいっても、ティナは低賃金のレジの仕事すら得られない母を見ては、自分はちゃんとした収入を得られる職業資格を得たいと思っていた。

両親は特にティナに対して立身出世を望むこともしなかったので、勉強も熱心にはやらなかった。だから、ギムナジウム(大学入学志望者向けの高校)にも行かずレアルシューレ(専門学校志望者向けの高校)に行った。しかし、そこでは多少ティナは浮いていた。勉強は簡単すぎた。

私はやればできる。ティナはそう思っていた。だからこそ、ギムナジウムに転入する話を先生から持ちかけられた時には、心躍った。家で機械を修理したりする父からも、傍にいてそれを手伝うと褒めてもらえた。だから、理系の大学を出ようと思った。ギムナジウムに行けば、大学に入れる。

ギムナジウムでもティナの人当たりのよさから、すぐに馴染むことができた。ティナはポジティブな性格で、自分もそんな性格が好きだった。

ティナは日本のアニメが好きで、ネット上で他のアニメ好きな人たちと情報交換をするのが趣味だった。こちらでもアニメ好きはオタクで、学校ではいじめられているような人しかオタクにならないが、明るい性格のティナは、おしゃれな友達やアニメに関心のない友達もたくさんいた。しかし、趣味が合う人たちと話すにが一番楽しかった。

そんな中、ネット上で知り合ったクリスは、アニメの交流サイトを管理している5歳上の男性だった。二人はすぐに意気投合して、知り合ってすぐに会うことになった。

お互いの家の距離は離れていたが、合えないときにもチャットしたりすることで、寂しくなかった。

クリスはいわゆるニートだった。学校でのいじめが原因で高校を中退してからというもの、家に引きこもりがちだった。気の合う友人と会うことはあっても、それ以外の時間は家でネットかアニメを見て過ごしていた。時々精神的落ち込みがちなクリスを明るく支えるティナは、自身を頼ってくれるクリスが愛おしかった。

ニートであることで家族ともギクシャクしがちなクリスは、知り合って1年後にティナの住む町に引っ越し、同棲することになった。

クリスは生活保護をもらい、ティナは奨学金をもらうことで、二人は一緒にすめる小さなアパートを借り、ティナの両親の助けを借りて、家を整えた。


同棲が始まり半年後、ティナは無事にギムナジウムを卒業し大学に進学した。就活に有利なコンピュータ・サイエンスを志望した。


入学してわりとすぐに、ティナは自分が授業についていけないことを感じた。同級生の日本人などは、ついていけないことに動揺してからというもの、わき目も振らず、夜中まで勉強したり、誰これ関わらず質問したりしていたが、そこまでするのはどうかと思った。友達と遊んで、クリスと一緒にアニメを見て過ごすのは楽しいし、それを犠牲にしてまで勉強するのは馬鹿馬鹿しかった。

興味のある科目は多少勉強したものの、つまらない科目は宿題もする気にはならない。

もちろん、落第したら奨学金の返済などの問題はあるだろうけど、問題について考えるより、いつもポジティブでいる自分が好きだった。

なるようにしかならない。私はいつも笑っていよう。


二学期の終わりには前学期の追試2科目も加わり、手一杯だった。少し動揺はしたものの、ティナはマイペースだった。

「ねえ、ティナ。ティナは奨学金ももらってるし、落第したら大変なことになるよね。ちゃんとべんきょうしなよ」

「ああ、ナツ。この前は練習問題の解答送ってくれて、ありがとう。ナツは私達のクラスのお母さんだね。私もちょっとは勉強してるよ」

「本当に、本当に、勉強してね」

ティナは笑うしかなかった。この日本人は年齢を聞くたびに話を逸らせるが、きっと結構な年なのだろう。おせっかいが過ぎる。私は日本人と友達になれて嬉しかったけど、ずっと疲れた顔で勉強ばかりしているなんて、どうかと思った。日本人とは皆こうなのだろうか・・・。


案の定、二学期のテストは落第点のパレードで、留年決定した。3学期は最後のチャンスだった。3回目のテストに落ちれば、退学になる。できるだけのことはしよう。

とはいっても、どうやって勉強すればいいのかわからなかった。プログラミングは難しい。よっぽど頭の良いひとにしかできないのだろう。参考書を見て、コードを読むと理解できるのだが、自分で練習問題を解くとなると、指が動かなかった。

私は才能無いのかなあ。ティナは少し焦ってきた。でも、ティナはポジティブだった。家ではクリスがしばしば友達を集めて飲み会をしていたし、猛勉強なんて一度もしたことがなかった。

そうこうしているうちに、3学期のテストは来た。

3度目の正直。きっと上手く行くだろう。ティナはちゃんと授業に来ていたし、テスト前多少は勉強した。


しかし、やっぱりだめだった。そんな気はしていた。仕方が無い。

ティナは専門学校に行くことにした。

落ち込んではいなかった。肩の荷が下りた気分だった。


考察

時々疑問に思うのは、彼らの必死さに欠けるのは、食うに困ることことがないからだ。もし、他の国のように、生活保護を受けられる対象が狭かったり、支給額が低かったりしたら、彼らは真剣にならざるをえないだろう。

ある意味、ドイツはユートピアである。しかし、そういったユートピアは他国への大量の兵器輸出によって成り立っているそうだ。もちろん、売る方より買う方が悪い。

もちろん、ドイツの国の制度は日本に比べて合理的で賢くできている。それでも、生活保護を受けることを前提に暮らしていくのはどうかと思う。

金や地位で男を選ばないティナは素晴らしいと思うかもしれない。しかし、将来子供がほしくなったとき、もしティナが働いていてもクリスが無職ならば、やはり福祉に頼らざるを得ない。ドイツには妊娠・出産後の女性をサポートする制度がしっかりと整っている。だからと言って、それに頼りきりになるのはどうなのだろうか。ユートピアに生まれついた人にはそういった考えは浮かばないのだろうか。そういった制度がしっかりしているのは素晴らしい。だが、それが永続するという確証はあるのだろうか。


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