6話 2人の子供は障がい。6年間不妊治療をしてやっと授かりましたが個性的な子供たち。さらに私の夫は…。私はエステティシャンの夢。波乱万丈な私の人生!<ムスメ誕生後~母のガン発覚>
ムスメが4ヶ月くらいになった時に、私の母が…。
私は、母が大好きでした。
優しい母。
なんでも話せる母。
お茶目な母。
子供たちが大きくなったら、母といろんな所に遊びに行きたいと思っていました。
それが…
市の健診の結果で、肺に影があると。
すぐに、病院に行きました。
ステージ4の肺がん。
手術もできないらしい。
このままだと3ヶ月もたないと言われました。
毎年、市の健診を受けていたのに。
この時、現実が受け入れられず、感情がでてきませんでした。
どこか、他人事のような。
すぐに入院となり、薬の治療がはじまりました。
昨日まで、明るく元気だった母。
詳しい事は伝えませんでしたが、治療をするために肺がんである事は伝えました。
その時のなんとも言えない母の顔は今でも忘れられません。
人は、病気とわかると病人に変わるのだと思いました。
それから入院をし、嬉しいことに薬でガンを抑えることができました。
1か月ほどで退院。
父は家事ができなかったので姉と話し合い、はじめの2週間は私の家、次の2週間は姉の家で母をみようということになりました。
母が私の家に来た次の朝…。
ムスコが起き、なんだか様子がへん。
ムスコ「ママ、真っ暗で何もみえない」と言って、目の焦点があわず。
そのまま、気を失いました。
私はわけがわからず…。
すると母が「けいれんかも知れないから、すぐに救急車を!」と。
慌てて救急車を呼びました(この時、母がいなければ救急車を呼ぶという判断を私はしていなかったかもしれません)
救急車が到着して、隊員さんの質問に答えていると、ムスコは意識が戻りいつも通りに。
ですが、熱もない状態でのけいれんだったので、そのまま病気へ行き検査入院へ。
(この時ムスコは救急車乗れて喜んでいました^^)
そしてムスメと母は、姉の家に行くことになりました。
ムスコは検査の結果、てんかんかもしれないとのこと。
治療をどのようにするか考えていたときに、主人が会社で東京へ転勤と辞令がでました。
つづく・・。
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