さて、毎週宿題として英作文の課題が与えられる。「これまでの人生でしでかした最大の失敗」「初めて英語を本格的に学ぼうと思ったきっかけ」「短編創作」エトセトラ。どれをとっても面白い課題であった。
わたしが生まれて初めて短編小説もどきを英文で創作してみたのもMr.Cherryのクラスだ。後にも先にも短編創作はこれ一本だけです。超高層ビルが隣接し、太陽光が地上に届かないような未来都市の話。花を一度も見たことがないという不治の病を持つ少女と若い脱獄囚の物語だ。
添削された作文は数日後教室で、構成、内容と、文法力評価になる2段階の成績がつけられて手渡される。
その日も授業の始めに先だっての作文の評価が一人一人の生徒に渡されていった。
と、Mr.Cherry、わたしのところでヒタと立ち止まり、宿題を片手に持ちながら、
「Yuko、この成績は、この2年間わたしが誰にも上げたことがないのだよ。おめでとう。」
やった!クラスの視線がこちらに向いているのをわたしはしっかりと感じた。手にした成績は、構成内容がA-、文法がB+。厳しい点数をつけるMr.Cherryからこれをもらったのは、非常に嬉しいことだった。作文の内容はというと、はい、「これまでの人生でしでかした最大の失敗」である。まるで、わたしのために用意されたようなものだ。粗忽者のわたしのこと、今ならもっともっと書けること請け合いだ。
読解力クラス、作文クラスと、こうしてわたしは少しずつ鍛えてもらったのである。英語を学ぶことが目的でアメリカに渡ったのであるが、ここでわたしはそれ以外に、いかにして生徒を授業にひきつけ、楽しさを交えて学んでもらうか、という教授法を垣間見た気がする。ツーソンのESLコースは本当に楽しかった。
後年、わたしはポルトでいずれ帰国して日本の学校に再び通うはずの日本の子供達やポルトガルの日本語学習者たちに、曲がりなりにも国語テキストや日本語を教える羽目になったのだが、我が娘がよく言ったものである。
「いいな、隣のおかあさんのクラス。いつも笑い声が聞こえてくる。」
家での日本語教室にいたっては、レッスンが終わり生徒さんが帰るなりすぐ顔を出して、
「おっかさん、ほんとに日本語教えてるの?デッカイ笑い声ばかりが聞こえてるよ」


