闘病記の再構築 第5回

前編: 闘病記の再構築 第4回
後編: 闘病記の再構築 第6回

初期仏教


① 仏教史

2500年前、ブッダが悟りを開きました。その後、ブッダは悟った真理を人々に伝えました。

ブッダ入滅後、人々はブッダから聞いた言葉を口承で後世に残しました。

数百年後、人々は語りついできた言葉を文字にまとめて仏教が誕生しました。

その後、仏教は二分され、ブッダの思想に比較的遠いとされる仏教が、中国をへて日本に伝わりました。一方、ブッダの思想に比較的近いとされる初期仏教は、日本には伝わらず南アジアを中心に信仰されてきました。

1990年代、初期仏教が日本に伝えられました。


② ブッダ

初期仏教の悟りを開く方法はヴィパッサナー瞑想です。ヴィパッサナーには「ものごとをありのままに見る」という意味があり、その方法は現象の変化のひとつひとつを確認するというものです。たとえば、呼吸による肺の伸縮を対象にするなら、息を吸うときに胸のふくらむのを「ふくらむ。ふくらむ。ふくらむ・・・。」息を吐くときに胸のしぼむのを「しぼむ。しぼむ。しぼむ・・・。」という具合に確認していくのです。そして「ふくらむ。ふくらむ。ふくらむ・・・。」をつづけていると、途切れることのない現象の一瞬の「途切れ」が体験できるようになり、その瞬間に「諸行無常、諸法無我、苦」のどれかを体得すると「悟りを開く」ということになるのです。

私の頭にある瞑想のイメージは、足を組んで座り目をつむって精神統一するものです。座禅はそのイメージに近いのですが、ヴィパッサナー瞑想はすこし遠いような気がします。もし、私が座禅の熟達者であれば、イメージ通りの瞑想に座禅のコツが応用できそうな気がしますが、ヴィパッサナー瞑想は基礎から学ぶ必要がありそうです。

私には瞑想に明るくありませんので、ブッダの存命中にどのような瞑想が行われていたのかは分かりません。ヴィパッサナー瞑想のような瞑想が行われていたのかもしれませんが、もしそうでなければ、(ヴィパッサナー瞑想はブッダ公案と言われているのですが)どうしてブッダはこれを思いついたのでしょうか。そして、どうしてこの方法で悟りが開けることが分かったのでしょうか。その真実に近づくために、ブッダの人生をふりかえって、考案の経緯を考えてみることにしましょう。


 シッダルタ(のちのブッダ。悟りを開くとブッダ〈目覚めた人〉と呼ばれます)は、シャカ族の王子として生まれ、贅沢な暮しのなかで育ちました。

 成長したある日。老・病・死に苦しむ人々を目の当たりにして、人間には宿命的な苦しみがあることに気づきました。若くて自由なのは束の間で、いつかは不自由になるのです。シッダルタは将来を思うと不安になりました。そして、同時に、自分と同じような不安にある人を助けたいとも思ったのでした。


 人はどうすれば苦から解放されるのか


 シッダルタはその方法を見つけようとしました。しかし、どれだけ考えても見つかりませんでした。それから季節はめぐりました。シッダルタの悩みは時間のなかに埋もれることはなく、反対に解決を切望するようになりました。

ある日、シッダルタは遊行中の僧に出会い、彼から大きな刺激を受けると、自分も出家しようと思いました。

後日、都を立ったシッダルタが向かったのは苦行林でした。そこで先達に教えを請い、彼らの思想が自分の求めるものでないことが分かると、苦行林を離れてしまいました。

 次は、各地の高名な仙人のもとで瞑想を学びました。熱心に修行をして仙人のいう最高の境地に到達することができました。しかし、それでも例の問題を解くことはできませんでした。仙人にも失望するとそこも離れてしましました。

 人に教わっても解決できないのですから、自力でするしかありません。そのための方法に、ふたたび苦行を選びました。

苦行は6年間つづけられました。限界をこえて体を痛めつけ、死ぬ寸前まで自分を追い込んでみました。しかし、新たな苦しみを与えれば、やはり苦しいのです。苦行によって、シッダルタ自身苦から逃れることができませんでした。

あるとき、苦の原因は身体ではなく、心にあるのではないかと気づくと、苦行をやめて山をおりました。そして、ふもとを流れる川のほとりで瞑想をはじめました。

後日、明け方の空に星を見たときに、悟りを開いたと言われています。人が苦から解放される真理が分かったのです。

 ブッダ(目覚めた人)となったシッダルタは、人々に真理を伝えました。それが後の仏教です。



 ブッダの半生から、ヴィパッサナー瞑想を考案した経緯を考えます。しかし、そのためには前提をいくつか置かなければなりません。なぜなら、ブッダの手による告白の資料がなく、残るものはすべて伝聞のために、本当のことが分からないからです。そして、肝心のヴィパッサナー瞑想にも諸説あり、ブッダのオリジナルは歴史のなかで失われた可能性があるからです。

 前提1:上で紹介した現行のヴィパッサナー瞑想がブッダのオリジナルの原型をとどめているとします。

 理由 :そうしなければ話がすすまないからです。

 前提2:ブッダは悟りを開く前に瞑想をしていました。その瞑想をヴィパッサナー瞑想とします。そして、瞑想の効果がある程度影響して、ブッダは悟りを開くことができたとします。

 理由 :自分すら痩せないオリジナルのダイエット法を、良い方法として人に薦めてはいけません。同様に、自分すら悟りを開けなかった方法を人に薦めてはいけません。

ヴィパッサナー瞑想がブッダ公案として伝わる事実を、モラルの点から考えると、ブッダがそれで悟りを開いたことが想像できます。そのような理由からブッダが悟りを開く前にしていた瞑想をヴィパッサナー瞑想とします。しかし、ブッダが何回悟りを開いたかは分からないのです。

 前提3:ブッダは信念の人、不屈の人です。

 理由 :ブッダの人生を想像するには、ブッダの人物像が必要です。つよい意志を持ち、困難に直面しても諦めなかった。性格の詳細は分かりませんが、そのような人だったと思います。それでは、上記をふまえて、もう一度ブッダの人生をふりかえりながら発案の経緯を探ってみましょう。


シッダルタは老病死に悩む人々の姿から、人間には宿命的な苦しみがあることに気づきました。そして、自分のため人のために、苦から逃れる方法を必要としたとき、シッダルタのこころに炎が灯りました。その熱量があきらめない意志の源です。

それ以来、一人で問題を考えましたが、いくら考えても答えは分かりませんでした。悶々とした日々を送るなかで、遊行中の僧との出会いには大きな刺激を受けました。同じ求道者として両者を比べて、自分の足りないものを痛感したのかもしれません。それとも、僧のあるほうに、自分の求める答えがあるような予感がしたのかもしれません。思い悩んだ末に出家を決めました。

都を出ると苦行林に向かいました。苦行を選んだのは、当時のメジャーな修行だからなのかもしれません。それとも、贅沢の対極の環境に行くことで、これまで得られなかったものに期待したのかもしれません。しかし、そこには求める答えはありませんでした。

次は、各地の高名な仙人をたずねました。仙人の指導のもと瞑想を極めてみましたが、そこにも答えはありませんでした。

一人で考えても解決できないから先達に教わろうとしたのです。しかし、それもうまくいかなかったのです。シッダルタは仙人に見切りをつけてその場を離れたとされますが、実際にそこを離れるとき、シッダルタの頭に「次はこうしよう」という心あたりはあったのでしょうか。

路頭に迷いかけたかもしれないところを救ったのが苦行でした。過去に苦行林を離れていましたが、その原因は先達の思想に失望したからです。まだ極めていない苦行ののびしろに賭けてみたのかもしれません。

シッダルタの苦行は人一倍厳しいものだったそうです。しかし、どれだけ自分を追い込んでも、シッダルタ自身苦から逃れることができませんでした。そしてある日、問題は身体でなく、心にあるのではないかと気づいたのです。

かつて仙人の元を離れたとき、自分の進む方向を見失いかけました。そのときに光がさしたのが苦行です。シッダルタはその方向に進みました。しかし、6年しても結果は得られないのです。その間モチベーションを保ち、苦行という方法に信用をよせつづけられたかは分かりません。しかし、疑いを持ったとしても、シッダルタの前にはそれ以外の方法はないのです。そのようなとき、シッダルタは心の存在に気づきました。自分の前にふたたび光がさすのが見えたかもしれません。シッダルタは苦行をやめて、光のほうに進みました。

現代の人は、このあとの結末を知っていますので、選択は好判断でありゴールは間近だと思うことができます。しかし、当の本人は結果をしりません。瞑想には明るいものを感じたかもしれませんが、一寸先は闇の手探りの状態なのです。

シッダルタは川のほとりの菩提樹の木陰で瞑想をはじめました。そして、ついにその瞬間が訪れました。

上記の通り、悟りを開くまでのシッダルタの態度は一貫しています。まずは、自分のおかれた環境で最善を尽くそうとします。それでうまくいかないときには、その時点で良さそうだと思う方向に進むのです。

都に住んでいたときには出家がそれにあたり、一人で解決できないときには先人に教えを請うという方法がそれにあたります。苦行のときは仙人が、仙人のときは苦行が、そして、ふたたび苦行に行き詰まりを感じたときには瞑想がそれにあたります。

やがてシッダルタは菩提樹にたどりつき、瞑想をはじめます。前提条件では、シッダルタが悟りを開く前にしていたのがヴィパッサナー瞑想です。そして、現行のヴィパッサナー瞑想がブッダ考案の原型をとどめています。

シッダルタはすでに瞑想を会得していましたので、その瞑想やそれに近い瞑想から始めたのかもしれません。それとも、じっと心を見つめていただけなのかもしれません。しかし、いきなり「ふくらむ。ふくらむ。ふくらむ。」のヴィパッサナー瞑想をはじめたとは考えにくいでしょう。なぜなら型の突飛さを考えれば、別の型から変化したと考えるのが妥当だからです。つまり、そういうことだと思います。ヴィパッサナー瞑想とは、シッダルタの一貫した態度と同じで、こうした方が良いのではないかという試行錯誤の結果、別の瞑想から変化したのであり、自然発生的に出来たのではないかと思います。そのように意図せずして、偶然にうまれたものですから、理にかなったのではないかと思います。



仏教には悟りを開く方法が2つあります。そして、それらには気になる共通点が2つあります。

共通点1:私たちの「不自然」

今日や昨日の1日で、座禅のように体を固定することも、ヴィパッサナー瞑想のように注意を向けることもしていないはずです。もし、同じことをしていれば、通勤電車から降り遅れたり、階段から足をふみはずしたり、日常生活に支障をきたすはずです。

そのような観点からすれば、座禅や瞑想は日常にはそぐわない行為です。かりに私たちの日常の行い(当たり前にしていること)を「私たちの自然」とするなら、悟るための方法は「私たちの不自然」という反対のものなのです。

さきほど、ブッダが悟りを開くまでをみてきました。それをある側面から見ると、ブッダが不屈の精神で道を切り開いたように思えます。たしかにその通りなのですが、別の側面から見ると、ブッダは壁にぶつかるたびに、不可確かでしかし大きな仕組みに従った結果、ヴィパッサナー瞑想にたどり着いたと考えることができるのです。言い換えれば、問題の未解決という現実を前にして、必死にもがき、良い直感のするほうに動きつづけた結果が、私たちの「不自然」ということです。

共通点2:思考能力の制限

 人間は考えることをやめられない生きものです。ためしに、何も考えないように努めても自然とイメージがうかび、いつの間にか何かを考えています。人間にとって考えない状態をキープするのは実は難しいことなのです。

 仏教では考えることを嫌い意図的に制限しようとします。たとえば、体に強い負荷がかかるとその感覚以外のことが頭にうかばなくなります。この仕組みを利用して、護摩行は炎の熱さと呪文を唱えることによって、滝行は激しい水流と冷たさによって、考えない状態を実現します。座禅やヴィパッサナー瞑想の目的もそこにあり、考えることの完全な休息に悟りがあると言われます。

考える能力は「私たちの自然」です。その能力を座禅やヴィパッサナー瞑想によって制限して、悟りを求めようとするのです。その様をある面から見ると「私たちの自然」のなかに埋もれてしまった真理を、「私たちの不自然」によって、掘りおこそうとしているようにも思えるのです。


●コメント1

荘子の成心を参照。

●コメント2

最後は伏線です。


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闘病記の再構築 第6回

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