闘病記の再構築 第7回

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花の香りをかぐ体験



雨の日も晴れの日も、満員電車にゆられながら闘病記の再構築を考えました。それは自分の感覚を自分の言葉に置き換える作業です。ぼんやりとした感覚でも、時間をかけて丁寧に調べていれば、なんとか形を浮かび上がらせることができるようになります。それをひとつひとつくりかえすのです。

そのような方法ですから、毎日考えても進展はわずかです。難しいところは手を変え品を変え攻撃しても分かるようになりません。作業をはじめてから何年しても、全体像は見えてきません。パズルの足りないピースはどこにあるかわかりません。この先、どれくらい時間を費やせば完成するのか見通しすらたないのです。しかし、それでもあきらめずに考える日々の積み重ねの上にしか、前進の瞬間は訪れないのかもしれません。



 自宅では考えないのに、通勤の時間は寸暇をおしんで考える。そのような習慣が自然と身についていました。その日の朝も、駅から会社までの道のりは、最後の追い込みの時間でした。

 途中、ガーデニングの美しい家の前を通ったとき、あまい花の香りにつつまれました。それはたしかに花の香りなのですが、どこか遠い所から突然あらわれたような、この場にふさわしくない存在感に、「なんで、こんなものがあるのだろうか」と思い、次のように自問しました。「花の香りと私では、世界に存在する様として正しいのはどちらか。」そして「花の香りが正しく、私が正しくない」と答えると、次の瞬間、


‘世界’に存在する様が正しい状態とは、思考を制限した、人間にとって不自然な状態である。‘世界’に存在する様が正しくない状態とは、思考を制限しない、人間にとって自然な状態である。(※‘世界’と世界の概念が2つある。ちなみに‘世界’に存在する様が正しくない状態とは、世界に存在する様が正しい状態です。)

 それらはコインの裏表の関係で、考える人は、自分が‘世界’に存在する様が正しくない状態にあることに、構造的に気づくことができない。


という洞察を得ました。

世界とは、私たちの目の前にひろがる現実であり、見て触れて感じることのできるものです。世界は‘世界’の結果としてあらわれるものですが、‘世界’の正体は分かりません。

世界と‘世界’はだまし絵の関係にあります。だまし絵とは、見る人の視点を変えると別の絵が見えるようになりますが、世界と‘世界’のだまし絵は、見る人の思考の制限の有無が、絵を切りかえるポイントになります。思考がONの時(‘世界’に存在する様が正しくない状態)では世界を実感します。思考がOFFの時(‘世界’に存在する様が正しい状態)では‘世界’を体感します。思考の有無による「私」と私との状態の変化によって、実感できる世界と体感するのみの‘世界’が経験されるのです。

コインの裏表は、「私」と私の関係であり、‘世界’と世界ではありません。‘世界’を体感するとき、認識の主体である「私」の所在は不明です。そのため、原理的にその瞬間を知ることができません。もし、その瞬間を「今、体感した」と分かるということは、すでに思考はONの状態にあるということです。追いかけっこは永遠に終わりません。

洞察の後半部分はこのような意味です。この体験は、後も頻出しますので、「花の香りをかぐ体験」とします。



闘病記の死の問題の解決には、自然との一体感が重要な役割を果たしています。表現すれば「私=自然」です。それと比べるなら、花の香りをかぐ体験は「私≠正しい、自然=正しい」です。

花の香りをかぐ体験による洞察では、「私≠正しい」にあるときに、思考を制限すれば「私=正しい」になりますから、「私=正しい、自然=正しい」ということです。それがうまく転じれば、正しいという状態において、「私=自然」が成立するのではないか。それが一体感の正体ではないかと考えたのです。

別の言い方をすれば、花の香りが正しいのなら、花も木も山も海も空も正しいのです。そして、身体も正しいはずなのです。しかし、身体(思考以前の私)に思考以後の「私」が加わると正しくなくなるのです。もし、人間にとって不自然なほど思考を制限し、私に不可分の「私」の出番をなくすことができれば、真の意味で、私=花の香り=花=木=山=海=空が成立します。万物は等しく同じであり、すべては一つとはこのような体験ではないかと考えたのです。


●コメント

‘世界’に存在する様が正しくない、この概念が肝です。分からなくても悟ることはできますが、論理的に詰めるには必須だと思います。この概念に諸条件を加えた世界ではどのようなことが言えるかという仮説をつくります。

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