闘病記の再構築 第10回

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脳神経学 その1



 闘病記の再構築に必要なものは欠けたままでしたが、ここで一度組み立ててみようと思いました。すると、これまで頭に描いてきた事と現実とが一致していないことに気づきました。

具体的にいうと、川の流れを眺めていると、自然と「運動するものの認識に適した状態」に入ります。それが一体感を得る「思考を制限した人間にとって不自然な状態」への入り口だと考えました。しかし、もし、この考え方が正しいとすれば、川を職場にする人の多くは一体感を得ていなければなりません。そして、川を眺めていれば、死の問題が解決できるという昔からの知恵が残っていなければなりません。実際に調べていませんが、おそらくそのような事実はないでしょう。

正しいのは常に現実です。そこで結果がでていないのであれば、間違っているのは考え方のほうです。現実に合致させられるような説明を考えようとしましたが、こちらを立てればあちらが立たず、いくら考えてもピタリ収まる案は浮かばないのでした。

 ある日、「逆から考える」ことを思いつきました。逆算すれば、少なくとも理論上は、全体を変えずに現実と合致させられそうなのです。

 これまで、「運動するものの認識に適した状態」の後に「思考を制限した人間にとって不自然な状態」があると考えていました。すると闘病記は一本の線上に一列にならびます。それが手詰まりの原因なのです。それを逆から考えて「思考を制限した人間にとって不自然な状態」の前に「運動するものの認識に適した状態」があるとすれば、一本でなくなりました。「運動するものの認識に適した状態」から何本もルートがあって、そのうちの一本が「思考を制限した人間にとって不自然な状態」に届けば良いと考えられるのです。その他は行き止まりであっても、何であっても良いのです。

 このように発想を逆転させると、「運動するものの認識に適した状態」と「思考を制限した人間にとって不自然な状態」との間にある、例の特異な感覚がルートを切り替えるスイッチの可能性が浮上するのです。



 すべては一つ。自然との一体感。そのような経験は、合一体験とよばれます。脳神経学者のアンドリュー・ニューバーグは古今東西の神秘家や宗教家たちの合一体験を調べて、『脳はいかにして〈神〉を見るか』に結果をまとめました。


 ラジオは、優しいバラードを奏でている。ゆっくりしたリズムには、抑制系を活性化させる作用がある。あなたがリラックスしてくるにつれてそのレベルは高くなり、やがて、脳の安定を保つために、海馬が情報の流れを抑制しはじめる。これによって、脳全体の活動レベルがわずかに低下する。方向定位連合野は求心路遮断の影響を受けやすいので、あなたは軽度の合一体験をし、心の中に快い静けさが広がってきたように感じるだろう。あなたがもっとリラックスし、抑制系の活動がさらに高くなると、海馬による抑制も高まる。そうなると、方向定位連合野に流入する情報の量はますます減少し、心の静けさはいよいよ深まって、音楽に吸い込まれてしまうような、高度な合一体験さえするかもしれない。

 このように、条件さえ整えば、音楽を聴くという日常的な行為によっても、人は変性意識状態になり、自己を超越することができる。

(中略)

 ポイントは、方向定位連合野への情報の流れがせき止められることにある。合一体験のレベルは、情報の流れが遮断される程度によって決まる。情報遮断の程度は広い範囲にわたっていて、理論的には完全な遮断まで考えられるので、その結果である合一体験のレベルも、かなり広い範囲にわたるものと考えられる。


 脳の後部上方にある上頭頂葉後部をニューバーグは方向定位連合野と名づけました。その役割は、空間における自己と非自己との区別です。方向定位連合野が役割を十全に果たすには、たとえば、投げ上げたボールが手に戻るまでをコンピュータに同時に計算させるときのように、膨大な量の情報が必要です。かりに求心路遮断によってそれが減少すれば、精度が落ちて、自己と非自己の区別はあいまいになる可能性があります。それが合一体験の正体ではないかとニューバーグは考えているのです。

 求心路遮断は座禅や瞑想をすると起こる現象ですが、決してそれらでしか起こせないわけではありません。たとえば、耳から入るラジオのメロディーでも十分に可能なのだそうです。それなら、例の諸行無常と表現した感覚でも可能ではないか、と考えるのは無理があるのでしょうか。


●コメント

求心路遮断をガスコンロの例で考えてみるのも面白いと思います。

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闘病記の再構築 第11回

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